祝宴の終わりと、ブリゲン局長への最終報告
時計の針が10時半を過ぎた頃、宴もたけなわになりお開きということになった。
ラウンジバーの大きな柱時計が10時半の時刻を告げる。
「おや? もうこんな時間か」
「先生、そろそろですか?」
「ああ、明日も忙しいのでね、そろそろ頃合いだろう」
「では店の外まで送りいたします」
私たちが立ち上がるとギャリソンが状況を察して、先生の馬車を呼び寄せる。ドアボーイがドアを開け見送る中で、店の正面前にはすでにブルーム馬車が止まっていた。
ドアボーイが馬車の扉のステップを開ける。
私はドアのすぐ近くまで先生を見送った。
「先生、今日はお付き合いいただき本当にありがとうございました」
先生は頭にかぶった三角帽をかぶり直しながらこう答えてくれた。
「なんの、話を聞いてもらったのは私の方だ。それに例の人物に関する問題は君と一緒に解決した方が良さそうだ」
その言葉に私の心の中の何かが切り替わる。先生のかつての愛弟子から、一人の女傭兵に。
「そうですね。何かあればご連絡ください」
そう言いながら私はドレスの胸元から1枚のカードを差し出した。
「これに私への直通の念話装置番号が書いてあります。いつも繋がりますので」
「ありがとう。何かあればお互いに連絡をとろう」
「はい」
「この国の未来のために」
「もちろんです!」
その言葉を聞いて先生は満足げに頷くと馬車の中に入って行った。
ドアが閉められステップが仕舞われ、馭者が馬に鞭を入れて馬車が走り出す。
「よし。これで大体の必要な情報は集まったわ」
そう言いながら手にしていたレティキュールの中から愛用の小型念話装置を取り出す。
そして、上司であるブリゲン局長へと念話を飛ばした。
呼び出しシグナルの後に壮年男性の声が返ってくる。
『私だ』
『ブリゲン局長、夜分遅くにすいません』
『何があった』
『必要な情報が集まりました。その上で今後の方針を話し合いたいのですが』
『明日の朝会えるか?』
『局長の隠れ家ですか?』
『いや、私は今、正規軍本部に来ている。そうだな。今回は明日の朝、お前の隠れ家に直接向かおう』
『時刻は?』
『午前8時頃に』
『了解しましたお待ちしております』
そこで会話を切ろうとしたがブリゲン局長はさらに尋ねてきた。
『ちなみに何が分かった?』
私はその問いかけに簡潔に答えた。
『非戦平和主義者が売国奴に変貌する可能性です』
念話の向こうで沈黙が続く。
『非常線を張る必要は?』
『逃亡の可能性は低いため、まだその時ではありませんが対応は急を要すると思います』
『そうか』
『それに例の〝黒鎖〟もやっぱり絡まっていました』
『分かった、明日必ず向かう』
『それでは』
やり取りを終えて念話装置を切る。それをレティキュールにしまいながら私は店の中に戻りギャリソンに告げた。
「明細をお願い」
「承知いたしました。少々お待ちを」
ギャリソンと入れ替わりにドアボーイが私のショールを持ってきてくれる。
これを肩に羽織るあいだにギャリソンが今回の宴席の明細書を運んできてくれた。
「こちらになります」
明細の金額をちらりと見るが、今の私の経済事情なら難しい金額ではない。
「明日使用人に持ってこさせるわ」
「承知いたしました」
受け取った明細書をレティキュールにしまいながら店の外へと出て行く。店の入り口の両サイドでドアボーイが頭を垂れている。
「ご苦労様」
そう声をかけながらすでに待機していた呼び出し馬車に乗り込むと馬車は一路、私の隠れ家へと走り出したのだった。







