恩師ハリアーの懇願とルストのデコルテ
「実は私たちがケンツ博士の名前にたどり着いたのはある犯罪組織の制圧がきっかけなんです」
「犯罪組織だと? それは一体なんだ」
私はゆっくりと言葉を吐いた。
「――〝黒鎖〟――」
その言葉を耳にした先生は顔を青ざめさせた。そしてがっくりと顔をうなだれ言葉を吐く。
「とうとうそこまで堕ちたか!」
「いえ、構成員だと決まったわけではありません。黒鎖の内部司令文書に、接触命令とともに名前が記載されていたんです。今彼に黒鎖が繋がりを持とうとしているんです!」
その瞬間にこれまでに集めた情報の全てが一点につながった。しかも最悪の方向へと。
「順番を追って整理します。
まず彼は何らかの事情でヘルンハイトの大学にいることが出来なくなった。そこでドーンフラウ大学の前学長を頼ってフェンデリオルにやっと来た。
ドーンフラウ大学にて教授職に着くことができたものの、その思想と人間性が災いし強烈な反発を招いてしまう。結果、大学内に居場所がなくなりいよいよ追い詰められた彼は研究資金の確保に奔走することになる」
私は先生の顔をじっと見つめながら言う。
「彼は今、出資予定者を確保しようとして北の街イベルタルに滞在しています。その裏で犯罪組織がケンツ博士に接触を試みつつある。おそらくは今回の騒動の顛末を知った上での〝博士の籠絡〟が黒鎖の目的と思われます」
私の推理を一通り耳にしてハリアー先生の顔は真っ青になっていた。状況がいかに危険なものなのか理解してくれたのだ。
「急いでケンツ博士の身柄を抑えなければ」
「はい。それと同時にケンツ氏の周辺状況を正確に掴んでおかねばなりません。下手に闇社会勢力と繋がりを残しておくと更なる状況悪化を生み出しかねませんから」
慎重に言葉を選ぶように思案していたハリアー先生だったが、何かを決断したかのようだった。
「ルスト君」
「はい」
「大至急、ケンツ博士を〝保護〟してやってくれ」
「はい」
「このままでは博士本人よりも博士の家族にも危険が及ぶ可能性がある」
「承知いたしました。博士の人身保護を私の行動目的の中に組み入れさせていただきます。ですが」
私は一呼吸おいた。
「博士の行動に反国家的なものが含まれていた場合、厳罰処分と言う判断が起きる可能性だけはご承知おきください」
それはどうしても避け得ない結末になるだろう。
「やむを得まい。どんなに才能があろうとも、過ちの大きさによってはかばい切れるものではない」
「ご賛同ありがとうございます」
「うむ」
そして先生は立ち上がると私の肩をそっと触れながらこう言ったのだ。
「もっとも辛く嫌な仕事をキミに押し付けてしまった。すまない」
だが私は顔を左右に振った。
「いいえ、先生がお心を病む必要はありません。今の私の仕事はこの国の体制を、そしてこの国に住む市民を守ることです。そのためであれば私は修羅にでも獣にでも何でもなるつもりです」
「かたじけない!」
そう答えてくれる先生の表情は、どこか迷いが吹っ切れたかのようだった。
「話が深刻になりすぎた。気分を変えよう」
「そうですね、せっかくの席なのですから」
そう答えると私はシャンパンのボトルを手に先生のクラスにシャンパンを注いであげる。
「仕切り直しと行きましょう」
「ああ、それでは――」
先生がグラスを手に掲げ、私もそれに習う。
乾杯の声をかけてくれるのは先生にお願いした。
「乾杯」
「乾杯」
気持ちを切り替えるようにグラスの中の琥珀色の液体を喉に流し込む。炭酸の爽やかな刺激が心地よかった。
そこで、ようやく、先生の顔に笑顔が戻ってきた。
「それにしても、実に大胆なドレスを選んできたんだね」
「ええ、色々な地方を巡って見聞を広めて新しい感性を取り入れましたので」
「なるほど、知識を育てることも美しさの秘訣というわけか」
「そうおっしゃっていただけると、とても嬉しいです」
「ああ、実に美しくなった。その知識が胸にも回っているのかな? 実にたわわに実ったものだな」
今回着ているドレスは胸元のデコルテラインもはっきりと外に見せている。
その時の先生の視線は、明らかに私の胸へと注がれていた。
「まぁ、先生ったら!」
恩師の思わぬ言葉に私は顔を思わず赤く染めてしまう。そりゃ確かに17の時から比べたら大きくなっているけど。
でも先生が心の中に抱え込んだ事情を考えれば、こんなやり取りですらも先生の癒しになるのであれば不愉快だとは微塵も思わなかった。
「先生! 何でもおっしゃってください。今夜は私が先生をお招きしましたので」
「そうか、では、ブランデーをもらおうかな」
「はい! 承知いたしました」
今宵だけはこの人に楽しんでいってもらおうと思う。それがこの人の癒しになるのであれば。
その日は夜遅くまで先生と二人、語らいあったのだった。







