恩師ダルムの忠告と、仲間との亀裂
キッシームさんとの早めの昼食を終え隠れ家に帰ってくる。
帰宅ののち、訪問着を脱ぐとそのままシャワーを浴びる。全身を丹念に綺麗にして体を拭いてから体にバスタオルを巻く。
髪の毛も再度洗ったからていねいに乾燥させて髪型を整える。その後にお化粧だ。
今回は恩師を饗応するから、派手めと言うか、しっかりと細部を描きあげ華やかにする。着ていくドレスも大胆目のものを選んだ。
「お嬢様、お召し物用意いたしました」
「ありがとう、メイラ」
メイラに用意してもらったのは、先日プロアとの外出の際にも着たエンパイアシュミーズドレスに似たもので、それも非常に薄い素材のもの。いわゆる木綿系の素材でモスリン素材だ。肩が大胆に露出して、やや透け気味だからそのままでは身体が丸見えになってしまう。
だからドレスの内側に、オフショルダーのスリップ風のインナードレスを着る。これでバストや股間の大事な部分が丸見えになるのを防ぐ。
足には敢えて何も履かずにグラディエータースタイルのハイヒールを履く。
耳には先ほどアクセサリー店で買ったクリスタルカットガラスのイヤリングをつけて。首には金の細チェーン製のネックレスを10個ぐらい重ねてつける。髪の毛には極めて微細なビジュー素材を散らす。
これで防寒用に分厚い素材のカシミヤのロングショールを羽織れば出来上がりだ。
全身サイズの大きな姿見鏡で仕上がりを確かめる。
「よくお似合いでらっしゃいます」
メイラの言葉に私は満足して頷いた。
「ありがとう。かなり大胆にコーディネートしたからちょっと心配だったの」
私たちフェンデリオルの女性は本来、ドレスコードとして肌の過度の露出を避ける。昔からそういうものだと言われ続けてきたのだ。
だからオフショルダーデザインでも実際には薄いシースルー素材で首回りまでくまなく覆うのがセオリーだ。
でも最近は特段フォーマルな場でなければ、肌の露出を許容する風潮が生まれつつある。ファッションのムーブメントというのは、時代の流れにしたがって少しずつ変わっていくのだ。
着替え終えてリビングでくつろぐ。落ち着いてから約束した場所に向かうつもりだった。時計を見ればそろそろいい頃合だ。
その時だった。
館の入り口の玄関に取り付けられたノッカーが打ち鳴らされる。
「はい、ただいま参ります」
メイラの声がする。1階でドア越しにやり取りをしているようだ。
「誰かしら」
私も呟いて1階へと降りていく。
訪問してきた人物の名前に私は肝を冷やされることになる。
「あら、ギダルム様! お久しぶりです! さ、どうぞ」
突然現れたのは私の特殊部隊の仲間だったからだ。
ギダルム・ジーバス、私の部隊の中で60になる最高齢で傭兵としては大ベテランになる。
そして、私の傭兵としての師匠のような存在だった。
元執事と言う経歴から、傭兵らしからぬ落ち着いた佇まいが特徴的であり、右目の単眼鏡がトレードマークだ。
メイラがドアを開ければそこには見慣れた姿があった。
「よお、突然来ちまって悪いな」
私は思わずどもってしまった。
「ダルム……さん?」
「おう」
「あ、どうぞ中へお入りください」
私はそう答えたが彼は言った。
「いや、近くを通りかかっただけだ。今から出かけるみたいだし長居はしねえ。元気そうで何よりだ」
「はい、ありがとうございます。何もお構いできなくて申し訳ありません」
「いやいい」
彼はにこやかに微笑みながら受け答えする。その言葉や仕草には尖ったところは何もない。そのナチュラルな振る舞いに私は警戒心を解いていた。
だが彼は言った。
「ルスト」
「はい」
「お前、俺たちに何か隠し事してやしないか?」
あまりに自然に気負わずに言われてしまったため私は取り繕うことを忘れてしまった。虚を突かれて思わずドキッとして言葉を失ってしまった。
そしてその沈黙こそが答えになってしまったのだ。
「やっぱりな」
ダルムさんは少し困ったふうに笑みを浮かべた。
「みんな心配してるぜ。軍の上の方から無理をおっ被せられてやしないか? ってな。こういう特別な部隊の隊長ってのは、難しいしがらみを抱え込みやすいからな」
図星だった。全部見抜かれている。そう思った。
そして彼は言う。
「一番心配してるのは〝ドルス〟の奴なんだ」
「えっ? 彼が?」
ドルス――、本名ルドルス・ノートン、〝ぼやきのドルス〟の異名を持ち抜け目のない人だ。彼の顔が脳裏に浮かんだ。
「ああ、あいつ、あれでなかなか軍の裏側の事情まで精通してるからな。お前がそういう連中に食い物にされてないか心配してたぜ」
「はい。申し訳ありません」
彼は数歩、歩み寄ると私の肩を叩いた。
「どうしても言えないことができてしまうのは仕方がない。しかし、あまりにもたくさんそういうのを抱え込むなよ」
そして彼は教え諭すように私にこう言ったのだ。
「やりすぎると仲間との間に亀裂を生じるぞ」
「はい――」
私はそれ以上は何も言えなかった。
そして彼は私から手を離すと身をひるがえして歩き出す。その際にこう言ってきた。
「多分、他の連中もお前に会いにくるはずだ。心構えをしておけ」
「はい。ありがとうございます」
「全てがはっきりとバレた時にどうするか、今から考えておけ」
「はい」
私が腹をくくったように明るく返事をした時、彼は振り向いて笑みを浮かべていた。
「じゃあな。出かけるところ邪魔して悪かったな」
「いえ、何もお構いできず申し訳ありません」
「気にすんな、それじゃあまた会おう」
「お帰りお気をつけて」
そんなやり取りをしながら、私は彼を見送った。
彼は今から約3年前に私が職業傭兵になったときに、色々と面倒を見てくれた人だ。その意味では先輩であり師匠でもある。傭兵として20年以上も勤めており、その前は地方領主の執事として活躍していた人だ。
それだけに相手の立場や心情を察することに長けている。世の中の仕組みの裏側もよく知り尽くしている。私の思惑なんか、あっさりと超えるだろう。その意味でも今回の突然の訪問はしてやられた形になった。
「お嬢様?」
メイラが心配して声をかけてくる。私は言う。
「大丈夫よ。ちょっと休んでから出かけるわね」
「はい」
それから2階のリビングに戻り少しだけ無言のままで椅子に腰掛けていた。メイラが過剰に心配せずにそっとしておいてくれたのが幸いだった。
「確かにいつまでも隠しおおせるわけ無いよね」
何しろ、あの仲間たちなのだから。彼らの有能さは骨身にしみている。
すっきりしない頭と心を抱えて動き出せずにいると、2階にメイラが上がってくる。
そして私の姿を見つけて歩み寄ってくると私にこう告げたのだ。
「お嬢様、一言申し上げさせてください」
「メイラ?」
彼女は自然にほほえみながら言う。
「どう行動しても疑われてしまうのであれば、迷って立ち止まるよりも、やるべき仕事を処置してからあらためて弁明すればいい。それが信頼している大切な仲間であるのなら、なおさらです」
その言葉の意味を噛み締めていると、心の中に湧いた不安や雑念が遠のいていく。
その通りだ。今はやるべきことがある。ならば。
私は気持ちを完全に切り替えて立ち上がった。
「よし」
先のことを思いわずらうのは、これでおしまい。やはりメイラは素晴らしい侍女だ。主人の気持ちのあり方の機微を繊細に汲み取ることができるのだから。
「ありがとうメイラ、それじゃあ私行くわ」
「はい」
「あくまでもおもてなしだからそんなに遅くならないと思うから」
「かしこまりました」
そして、一階にて彼女に見送ってもらう。
「それじゃあ行ってくるわね」
「いってらっしゃいませ」
家を出ると、ハイヒールの足音を鳴らしながら歩いて表通りに出て辻馬車を拾う。小綺麗なブルーム馬車だった。そして私は一路、恩師との待ち合わせに指定した店へと向かったのだった。