変革する世界と『世界大戦』
「まず一番大きいのが〝船舶技術の進歩〟だ」
「船?」
「ああ、例えば大陸の南側、パルフィア王国は海軍力の増強に迫られている。敵対国であるトルネデアスが軍艦を増強しているためだ」
「パルフィアが? あの国といえば世界有数の海軍国家じゃないですか!」
「それだけトルネデアスが造船技術を身に着けたと言うことさ。もし、パルフィアの主力海軍がトルネデアスの新造艦隊に打ち破られるという事があれば大変なことになる。海の覇権をトルネデアスが握る、そうなれば最悪の状況になる」
「なんてこと」
「考えても見たまえ。世界の物流がトルネデアスの手に落ちることになったらどうなる?」
私は流石に背中に冷たいものが走った。
「そうならないように、パルフィアに対して、フェンデリオル・ジジスティカン・フィッサールの各国で技術提携条項が締結された。我がフェンデリオルからも強力な軍艦建造に必要な科学技術をいくつか供与している。海の世界で牽制をしてもらわないと、我が国の対トルネデアス戦略は苦しいものになるからね」
「おっしゃるとおりです」
次に彼の指は大陸の北側を指差した。
「同じように大陸の北側でも変化が見られた。これまでは凍結していることが多かったため船舶が行き交うことなどありえない〝死の海〟だったが、凍てついた海でも踏破できる〝砕氷船〟が完成したことにより状況は一気に変わった」
その説明に私は表情を凍らせた。
「まさか?! トルネデアスが北経由で?」
「そうだ。いまだ未開拓だった【北方航路】を手中に収めようとしている。そうなれば大陸の北側に位置する国家――ヘルンハイトとジジスティカンは、悠長なことを言ってられなくなる」
これまで手付かずだった〝大陸の北側〟
そこが急速にきな臭くなっていたことに私は気づいた。
「それではジジスティカンとヘルンハイトも軍備の増強を?」
「当然だ。この状況下で今まで通りを守れると思っているのなら相当におめでたい頭をしている。
ジジスティカンは軍事艦隊の増強を行なっているだけじゃなく、同盟各国と手を結んで最新鋭の軍事兵器を手に入れることに躍起になっている。特に海兵隊の耐寒装備と銃砲兵器の充実は急務だ。この点でもフェンデリオルとは協力関係にある」
「ジジスティカンまで!」
驚く私に彼は続けた。
「うむ。東の大国フィッサールも危機感を抱いている。ジジスティカン、フェンデリオル、パルフィアは、極めて重要な貿易相手国だ。友好的関係を維持することでこれらの国々と莫大な経済的利益を享受している。その貿易相手が無くなるとなれば経済的な損失は計り知れず、安定した状況は維持できなくなる。そうなれば政治的にも経済的にも不安が増大して――」
「フィッサールに内乱が起きる可能性がありますね」
「そういうことだ。どれか1つでも歯車が狂えば、連鎖反応を起こして世界中に大乱が起きる。そうなれば――」
「〝世界大戦〟が――」
「必ず起きるだろうね。むしろ、トルネデアスの砂モグラ共にはそれが望ましい状況だということだ」
彼は一呼吸休みを入れると再び話し始めた。
「だがこの状況に至っても変化しようとしてこなかったのがヘルンハイトだ」
「北の同盟国ですね」
「うむ。あの国は長年にわたり地政学的にも極めて安泰な状態にあった。なにしろ、トルネデアスとは国境を接しているのが踏破が極めて困難な山岳地帯であり、夏場でも氷塊の押し寄せる凍てついた海だ。直接侵略されるというリスクが長年にわたり存在しなかったんだ」
私はうなずいた。
「はい。それはよく存じてます。昔、軍学校時代地政学の授業で講師の先生が『不公平だ!』と息巻いていたことがあります」
私の言葉に彼は苦笑した。
「不公平か。言い得て妙だな。もっともその不公平があったからこそ600年前の先史フェンデリオル国滅亡の際に、フェンデリオル民族の文化や歴史的資産が滅びずに、ヘルンハイトで存続してたという事実もある。一概には否定できない」
「おっしゃる通りです」
私たちの国は600年前にトルネデアスによって一度滅んだ。今から250年前に再独立を果たすまで、私たちの民族文化は北の同盟国であるヘルンハイトで守られてきたのだ。それは歴史的事実だ。
「だが、その状況は明らかに変わった。文明の発達による侵略方法の変化、諜報活動の活発化による情報の収奪、軍事兵器の進化発達による新たな侵略ルートの開拓――、これらの事情によりヘルンハイトも安全ではなくなりつつある」
技術と文明の発達が軍事情勢を変化させる。当たり前と言えば、ごく当たり前の事実だ。
精術武具が軍事的優位性を一番に支える力であったのが、銃火器の出現によりそれも変わりつつある。それが世界の現実なのだ。
私の仲間のドルスは、銃火器の開発と配備に心血を注いでいるが、それもまた世界の大きな変化の一部である。