ルスト、朝のドレスアップと『新聞街』
翌朝私は二日酔いもせずにスッキリとした朝を迎えた。とはいえ、飲みに出かけると体にアルコールがベタついてるような錯覚に襲われる。
こういう時はお風呂に入って汗を流すに限る。
メイラにお願いしてお風呂の用意をしてもらう。その際に南方から取り寄せた赤い岩塩から作られたバスソルトを入れてもらう。
ネグリジェを脱ぎ下着も脱いでガウンを身につけて地下階へ降りて行く。純白のホーロー製のバスタブに湯がたたえられているのを確かめてガウンを脱ぐと、お湯の中に身を横たえた。
そして私は少し長めに体を温めて汗を流した。塩が入れられているお湯が発汗作用を促すのだ。十分に汗を流した後で温水のシャワーを浴びる。
建物の裏手に温水ボイラーが設置されているので昼夜気兼ねなくお湯を浴びることができる。汗を流し髪の毛も洗う。
風呂から上がり脱衣場で丹念に水滴を拭き取る。
その後再びガウンを着ると今度は2階へと上がっていく。そこに私のドレッサースペースがあるのだ。
この隠れ家に居る時は髪や化粧の手入れはほとんど自分でこなす。何しろ、メイラと二人しかいないのだ。あれもこれもと彼女の手を煩わせるわけにはいかない。
それに15の頃からずっと一人暮らしをしてきた私にとっては、身だしなみくらい自力で行うのが当然だった。
小さく薄いカミソリでムダ毛や産毛を剃る。
清潔なコットンで不快な汚れを取る。
前髪をクリップで押さえて化粧を始める。
下地を作りおしろいを薄く塗り、ごく目立たない程度にほほ紅を塗る。
墨をひき目元をくっきりさせる。
口紅はごく淡い桃色を小指で塗る。
最後に髪型をブラシで整えてお化粧は仕上がりとなる。
「さてと、今日の準備も始めてしまおうかな?」
今日の目的の場所はいつもの傭兵装束で向かう。
ガウンを脱ぎ下着を身につけると、濃灰色のレギンスを履く。
いつもの白いボタンシャツを身につけ、愛用の黒いロングのスカートジャケットを着る。
さらに袖を通すのはジゴ袖の黒いボレロジャケットで、腰に愛用のベルトポーチを巻いて出来上がりだ。
着替えを終えた頃には、メイラから声もかかる。
朝食の準備ができたというのだ。
同じ2階にあるリビング&ダイニングに向かえば、スープとコルカノンとスクランブルエッグと言うメニューが並んでいた。これをほどよく焼けたトーストで食する。
食べ終える頃に私は今日の予定をメイラに告げた。
「メイラ、私、今日は知り合いの〝新聞記者〟の所に行ってくるから」
「はい承知しました。夕方からはハリアー先生をお食事にお誘いするご予定でらっしゃいましたね」
「ええ、そうね。予定から一旦帰って、身支度をし直してから出かけるわ」
「承知いたしました。そちらのご用意もさせていただきます」
「留守居役、お願いね」
「はい」
メイラは有能だ。侍女としての細々とした身の回りの世話の他にも、衣装の用意やドレスの仕立ての手配いもこなしてしまう。私とのふたり暮らしになっても移動したその先で必要なものをたくみに取り寄せてしまうのだ。彼女の口から〝できない〟と言う言葉は聞いたことがない。
時計を確認すれば時刻は8時。
「いい頃合いね」
リビングに出てメイラに告げる。
「では行ってくるわね。昼食は訪問先の人と済ませてくるから」
「承知しました。いってらっしゃいませ」
言葉を交わして家を出る。少し歩いた先で辻馬車を拾う。私は馭者に告げた。
「北部市街区のゲッツェナーストリートに」
「新聞街ですね?」
「ええ、57番地の裏手のあたりね」
「分かりました。なるべく人目に目立たないようにお送りします」
「ありがとうお願いね」
「はい。それじゃあ参りますよ」
どうやらこの馭者の彼、配慮の行き届く勘の良いタイプのようだ。
馭者が馬にムチを入れて馬車は走り出す。
そして、新聞街のとある記者のところに私は向かうのだった。
† † †
私を乗せた馬車は一路オルレアの街の北へと向かった。
――ゲッツェナーストリート――
またの名を、
――新聞街――
そう呼ばれるその地は、新しい時代のメディアである新聞や書籍を発行する新聞社や出版社、あるいはそれに連なる様々な職業の人たちが集う〝報道の街〟だ。
そして、最先端の情報が行き交う場所でもあったのだ。
馬車がゲッツェナーストリートの表通りではなく裏通りへと回る。
そして街区57番地の裏通り側に停まる。
「お嬢さん、着きましたよ」
「ありがとう」
私は礼を言いながら運賃を払う。
「また利用してやってください! それじゃ!」
馬車から降りて目の前の建物を見上げる。灰色の石造りの3階建ての建物がそこにあった。