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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第3話:ルスト人物調査行 ――ケンツ・ジムワースと言う人物について――
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プロアのもたらす重要情報と、ルストを熱く包む抱擁


 一瞬、周囲を見回して状況を確かめる。

 彼もなぜ私が周囲を見回したのか察してくれたようだ。


「心配するな、今日は2時間ほど貸切にしてある。店のマスター以外は誰もいない」


 彼がそう言うのなら信じよう。


「教えて」


 私の言葉に彼は頷いた。


「闇夜のフクロウのトップは今回捕まったパリス嬢だが、彼女は実質的には傀儡(かいらい)だ」

「ええ、それは私も掴んでるわ。組織のナンバー3だったデルファイと言う男が組織の実態を掌握していたって話ね」

「そのとおりだ。ずいぶん調べたんだな」

「ええ、さらにその男の裏側に黒鎖(ヘイスォ)に絡む古小隆(グァシェンロン)と言う男が本当の黒幕として存在していたという話もね」


 私がそう語ればさすがの彼も驚いた顔をしていた。


「そこまで掴んでいたのか」

「ええ、これでも色々とやってるから」

「俺たちの知らないところでか?」


 しまった。余計なことを言った。彼が少し私を睨んでいる。


「まぁいい。話すことを先に話そう。

 古小隆は黒鎖の重要幹部の一人だ。黒鎖のフェンデリオル潜入と活動拠点の構築、その全権を任されてる男だ」

「実質的な前線指揮官ってこと?」

「そうだ。まだ30そこそこだが恐ろしく頭が切れる。敵対者や逆らう者に対する報復は容赦なく、やり方もえげつない。何より目標とした本人よりもその周辺人物を傷つけて相手を屈服させようとする」

加虐趣味者(サディスト)?」

「ああ、それも血も涙もないタイプだ。奴の存在を知る人間の口から好意的な言葉はひとつも出ない。とにかく誰もが口をそろえて〝近づきたくない〟そう言い切っている」


 彼が語る事実に驚きつつも疑問も湧いてくる。


「でも、そんな忌避されている人物が周囲の信頼を得て活動拠点を作れるものかしら?」

「信頼を得る必要がないんだ。何しろ人材も資金も外部からいくらでも入ってくる。こっちの地元の連中と協力する気はさらさらない。少しでも邪魔と思えば危害を加えるか〝殺すか〟その二つしかない」


 そこで彼はタンブラーの中の酒をひと口飲んで言葉を続けた。


「実際、闇社会のいろいろな組織で幹部が殺されたり、実働部隊が壊滅させられたりと、甚大な被害が出ている。俺の古巣のオークション組織でも最大級の警戒網を敷いている。なにしろ古小隆の配下はあの黒鎖の凄腕の戦闘部隊だ。少しばかり武器を使い慣れたくらいではどうにもならん」

「まずいわね」


 思わず私が漏らした言葉に彼は反応した。


「なぜそう思う?」

「このままではフェンデリオルの闇社会の情勢が書き換わってしまうわ」

「ああ、このままならな。だがそうはさせない」


 彼の言葉にある予感がした。


「何をする気なの?」

「一点突破だ。古小隆を狙い撃ちにする。何より黒鎖の独り勝ちだけは絶対に許さない――それが闇社会勢力の共通した認識だ」

「そう」


 彼のそこまでの話を聞いてプロアの意図が掴めた。


「それで私は何をすればいいの?」


 私の言葉に彼はニヤリと笑った。


「時が来たらば力を貸してくれ」


 彼の語る力の意味はすぐに分かった。


「表社会の正規軍や軍警察との橋渡しをして欲しいのね?」

「そういうことだ。さすがに全面協力とまでは無理だが、情報の共有と非常事態における戦闘の連携などは今回に限っては必要だと思っている。世の中の表と裏から完璧に包囲する必要がある。裏の連中はそこまで考えているのさ」


 信頼するプロアの言葉だ。信じないわけにはいかなかった。


「分かったわ。いざとなったらいつでも言って」

「悪いな、手間を取らせて」

「気しないで。あなたの言葉だから信用したの。でもそれでもひとつだけ疑問が残るわね」

「なんだ?」


 彼の問いかけに私は言った。


「こういう言い方失礼かもしれないけど、所詮は法に背く裏の存在でしょ? 表の社会にまで義理立てする必要はないはずよ。なぜそこまでするの?」


 所詮は裏社会の存在だ。国家権力からは邪魔な存在でしかない。彼らが表社会の存在と手を組みたいと言ってきているのだ。このプロアと言う男を仲介役として。

 そんな彼が真剣な表情で私にこう言ったのだ。


「決まってるだろう? 裏の連中だって〝愛国心〟くらいはちゃんとあるんだぜ」


 彼はタンブラーグラスを握りながら語り続けた。


「いや、闇の世界に、裏の社会に、生きているからこそ、この街に、そしてこの国に変わらずにあって欲しいと思う。自分たちが最後にたどり着いた場所だからこそだ」

「大切な〝生きる場所〟って事ね」

「あぁ」


 そこまで考えてるのなら、手を結ばない手はない。


「いいわ。いつでも言って」

「ありがとう。助かるぜ」

「それを言うのはまだ早いわ。問題を解決するのはこれからなんだから」

「ああ、そうだな」


 彼はしみじみとした声で頷いてくれた。

 それから何気ない雑談が続いた。

 お酒の勢いを借りての馬鹿話。普段の憂さを晴らすように会話は続いた。

 そして、会話が途切れたある瞬間をとらえて、彼は打ち明け話を始めた。それは彼自身が自らの過去に絡む思い出話だった。


「俺が昔、闇社会で密売オークション組織のエージェントをしていたのは知っているな?」

「ええ、ご実家の失われた家宝を探すためだったわね」


 彼には特別な過去がある。人には言えない苦難に満ちた過去を歩んでいるのを私は知っている。


「あぁ、今では良い思い出話だがな、あそこにいたことで、得られたものも大きかった。そして失ったものもあったんだ」


 抑揚を抑えてしんみりと話す彼の言葉に私はじっと耳を傾けた。


「数年そこにいて闇社会に俺の求めるものはないと確信を得ると、その次の段階に向けてやり方を変える必要があった。お宝がどっちの方にあるのか見当もついた」

「そして組織を辞めたの?」

「ああ、組織とは腹を割ってじっくり話した。その上で許しを得た。最終的に足抜けを認めてくれたその組織には今でも感謝している。無論、組織の中で知り合った仲間にも声をかけておいた。組織を辞めるってな。色々お世話になったやつも多かったからな。そしたらどうなったと思う?」


 大方の想像はつく。


「手のひら返し?」

「その通り、認めて送り出してくれたやつはほんの少しだ。大抵が裏切り者と罵ってきたよ。人間なんてそういうものかと正直ショックだった」


 酒を傾けながらその時のことを思い出している。その横顔には嬉しいことも嫌なことも同じだけたくさんあったのが伝わってくる。


「ルスト、人に言えない秘密を抱え込むというのは時にはやむを得ない。組織というのはそういうものだからな。だが、その秘密が明るみになったとき、思わぬ亀裂が生じることもある。真実を打ち明けられないことに悩みや苦しみを抱えることもある。でもこれだけ覚えておけ」


 彼は私の目を見て力強く告げる。


「俺たちは仲間だ。何があってもだ」

「うん」


 私は頷いて返す。


「何かあったら必ず知らせろよ? お前一人ではどうにもならない事は必ず起きるぞ」

「ええ、分かったわ。その時は必ず連絡するから」

「待ってるぜ」


 私はその言葉のやり取りの裏側に込められた思いを感じた。

 そして、彼と同じチームに居れたことを心から感謝していた。

 

「ねぇ、もう一杯飲んでいいかしら?」

「大丈夫か? あまり強い方じゃないだろ?」

「大丈夫よ。いざと言えばあなたがいるんだから」


 私がそう答えて返えせば、彼もまんざらではないようだ。


「任せろ。ちゃんと送って行ってやるよ」


 彼が送り狼にならないその紳士ぶりを知っている私としてはこれほど心強いエスコート役は他にいない。


「プロア、お酒に誘ってくれてありがとうね」


 そう告げて私は自分の右頬を差し出す。


「ああ、お安い御用だ。お前のためならパシリから暗殺までなんでもやってみせるぜ」


 彼もそれに応えてくれる。私の差し出した右頬に、自分自身の右頬を触れさせると、今度は反対側の左頬だ。

 愛情表現のひとつで〝頬の接吻〟と呼ばれるものだ。

 私は彼の頬の温もりに喜びのようなものを感じずにはいられなかった。

 そうしている間に2杯目が作られ、そのグラスを手にして彼に告げる。


乾杯(トーストン)

乾杯(トーストン)


 二人きりのオーセンティックバーのカウンターにて、私たちの夜は続いた。

 酒におしゃべりに美味しい食事と楽しみは尽きない。

 私がプロアとその店は離れたのは夜10時のことだった。


「送っていこう」

「ええ」


 彼の差し出した左肘に私はすがりながら再び馬車に乗る。そして寒空の下で隠れ家にたどり着くと彼に一緒に泊まるように誘いをかける。


「一泊、泊まってない? これから宿に泊まるんでは面倒でしょ?」

「いや、今日は遠慮しておくよ。こっちも予定がいろいろあるんだ」


 その言葉に私は思わずシュンとする。


「そうしょげるなって。二度と会えないってわけじゃないんだから」

「うん」

「ルスト――」


 彼は私と名前を呼ぶと私を引き寄せて強く抱きしめてくれた。


「おやすみ」

「うん。おやすみなさい」

 

 私も彼の体を抱きしめて返し、私と彼の夢の時は終わった。


「じゃあな」


 その言葉を残して彼は去っていった。


「うん、またね」


 走り去るその馬車を私はいつまでも見つめていた。

 12月初頭の寒空の夜のことだった。


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