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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第3話:ルスト人物調査行 ――ケンツ・ジムワースと言う人物について――
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突然のプロアの来訪と、二人きりの外出

 自宅に戻ってリージェンシードレスを脱ぎ、下着の上に極薄のシルクのガウンを着る。シルクは肌触りがよく、部屋着として着るには申し分のないものだ。

 その状態で何気なくくつろいでいたが邸宅の玄関のノッカーが打ち鳴らされた。


「はい、ただいま参ります」


 メイラが応対すると来訪者の名前が聞こえてきた。


「プロア様! ようこそいらっしゃいました」

「はい、お嬢様は在宅でらっしゃいます」

「少々お待ちを!」


 メイラと彼がやり取りをしているのが聞こえてくる。

 私は思わず真っ赤になった。


「え? ちょっと待って!」


 着ているものが着ているものだ。このままの姿で出るのは難しい。何しろ下着の上に薄布1枚しか着ていないのだから。


「えっと、えっと!」


 私は慌ててシルクのガウンを脱ぐと上からすっぽりかぶるタイプのスモックを身につける。その上に少し厚手のガウンを着込んだ。

 さらにブラシで髪の乱れを整える。外出から化粧を落としていなかったのは幸いだった。

 急いで1階へと降りて行き、玄関近くで意図して速度を落とす。勤めて落ち着き払った様子でプロアと顔合わせた。


「ようこそいらっしゃい。どうしたの急に?」


 私は自分で意識して冷静さを装った。でも、


「ずいぶん落ち着いてるようだけど、慌てて駆け下りてきたんだろう?」

「え? そ、そんなことないわよ?」


 すると彼は静かに笑いながら私の足元を指さした。するとそこには左右で違う色のスリッパを履いている私がいた。


「あっ」

「見なかったことにしてやるよ。おおかた寝ていたか、着替え途中だったんだろ?」


 図星だった。


「よく気がつくわね」

「そりゃあ、連日の任務で鍛えられてるからな」

「それもそうね。入って」

「ああ」


 彼は擦れた風貌とは裏腹に心の中はどこまでも紳士な人だ。安心して触れ合うことができる。こうした急な訪問も気兼ねなく受け入れられるというものだ。

 その彼が着ているのは、いつもの野戦用ジャケットではなく、端正なズボンに、ボタンシャツ、ウエストラインでスッパリと切り落とされた黒のスペンサージャケット、襟元には純白のクラバットが巻かれていて一番上に防寒用のウールのルタンゴトコートを羽織っていた。

 いつもと明らかに違うその装いは、私の所への訪問を彼なりに意識した結果だろう。

 彼を一階の応接室へと案内する。メイラに私と彼二人ぶんのお茶を出させようとすると彼は断ってきた。


「ああ、お茶はいい」

「え? どうして?」

「話をしに来たんじゃないんだ。もし時間が空いてるなら一緒に酒でもどうかと思ってさ」


 そして彼は私の身の上の件で意味深なことを呟いた。


「今のお前の立場なら気兼ねなく外出できるだろう? 実家にいる時と違って」


 彼は私の裏事情を知っている。私がどんな(しがらみ)を持っているかも含めてだ。


「それもそうね。どこに連れてってくれるの?」

「そうだな、あまり人のこないバーなんてのはどうだ?」

「いいわねそれ。水入らずで」

「それじゃあ決まりだな。すぐ出れるか?」

「ええ、待ってて今すぐ着替えてくるから」

「おう」


 そう答えると彼はソファーセットの一つに腰を下ろした。


「メイラ」

「はい、ただいま外出用のお着替えをご用意いたします」

「お願いね」


 やり取りしながら私は階上と上がっていった。



 †     †     †



 それから程なくして私は降りてくる。


「お待たせ」


 そう言いながらプロアの前に姿を現す。すると彼が驚いて目を見開いてるのか分かる。


「これは随分とまた攻めてきたな」

「ふふ、私だってもう18だもの。それなりの大人の装いはできるわよ」

「いいのか? 俺が相手で」

「あなただからよ。あなたが一流の紳士だってことは知ってるもの」

「分からんぜ? 狼になっても」

「狼を飼いならすのは得意よ?」


 そこまで言って彼は笑い出した。


「お前の言葉を否定できないのが笑えるな。でもそういうことはとりあえず忘れて楽しもうぜ」

「ええ」


 今の私の姿、決定的にドレスアップをした。

 下着はドレス用に仕立てた面積の小さいタイプのもの。大きいサイズはドレスの上から形がわかってしまうから。

 インナーに極薄手のストラップレスのシュミーズを重ね、さらにその上にエンパイアスタイルのドレスを着る。

 夜会の席に出ることを意識した仕立てで、襟のラインは両肩が大きく露出するまで下げられている。胸元のデコルテも少しばかり覗かせている。

 モスリンとシルクの混紡で色は極薄い桃色に虹色の光沢が滲んでいる。

 無論これでは寒いので赤ワイン色の厚手の大柄な特大のショールをコート代わりに両肩から着込んでいた。

 あえて手袋をせずシルバーのリングをはめる。

 首回りには金とプラチナの細チェーンのネックレスを何段にもかける。耳には、ちょっとだけ贅沢して買ったあのクリスタルガラスのイヤリング。

 この上に頭にかぶせるタイプのシルクのヘアドレスを重ねて出来上がりだ。

 今なら気兼ねなく香水(パフューム)を拭くこともできるだろう。軽やかな金木犀の香りのする香水を首筋と耳の後ろに拭いておいた。


 私は彼の左側に立つ。すると彼が左肘を差し出してくる。


「じゃあ行こうか」

「ええ」


 彼は女性のエスコートも手馴れているのだ。


「それじゃあ行ってくるわね」

「はい、ごゆっくりなさってくださいお嬢様」


 私はメイラに見送られて馬車に乗ってプロアと出かけた。


 私たちが乗った辻馬車は2人乗りのハンサムキャブ、馭者席がキャビンの後ろの上にあるのが特徴で、屋根はあるが密閉式でないのが特徴だ。

 だから走り出すとそれなりに寒い。冬のこの時期なら尚更だ。でもそれはそれでよくしたもので、


「寒くないか?」

「うん、ちょっとね」


 馬車に据え付けのウールのひざ掛けを共有しあっていたが、彼は自分のぶんも私へと譲ってきた。


「あなたが寒くないの?」

「寒いのは慣れっこさ、何しろ寒空を散々飛んだからな」

「そういえばそうね」


 思い出してみれば彼にはいろんな作戦で散々無理をお願いしている。彼はその度に嫌な顔ひとつせずに言うことを聞いてくれるのだ。


「こうすれば暖かいでしょ?」


 私もお返しとばかりに自分の肩にかけていた大型のショールを彼と共有し合う。私の素肌が彼に直接触れる。


「おいおい」

「うふふ、どう?」

「まあ悪くはないかな」


 彼を相手に戯れ合う。すると彼が意外なことを言う。


「最近お前大胆になってきたな」

「えっ? そう?」

「ああ、昔は身に染み付いているしつけや習慣といったものが無意識のうちに現れていたが、今では自分のやりたいようにやっているように見える」

「それ何て言うか知ってる?」


 私は彼に意味深長に問いかけた。

 彼は不思議そうに私へと視線を向けてくる。


「〝自立〟って言うのよ」

「なるほどそういうことか」


 彼は苦笑していた。


「確かに18といえばもうすっかり大人だ。自分の才覚であらゆる物事を決められるものな」

「責任もついて回るけどね」

「そりゃそうだ」


 そう言いつつ彼の左手が私の肩に回る。自分の方へと私の体を引き寄せる。その上でショールは私の体へとかけ直してくれた。


「もうすぐだ」

「ええ」


 馬車が目的の店に着くまで私と彼の無言の時が過ぎていったのだった。


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