最新型念話装置と美味しいお菓子
「うん、実はね。この博士が、どのような企業や団体と繋がりを持っているのか、分かるようなら調べて欲しかったの」
「資金的な繋がりのこと?」
「ええ、たちの悪いヤバい筋と繋がってないか気になるのよ」
「そういうことね」
レミチカは写真を拾い上げるとこう漏らした。
「あの時の敵を取れるわ。ある時の屈辱と不愉快な思いは忘れない。現実を見ない理想主義者に一矢報いてやる。きっちり調べてあげるわ」
「やってくれるの?」
「ええ、もちろんよ。任せて」
レミチカの表情はすでに曇っていなかった。彼女は言う。
「1日2日待ってお返事するわ」
「ありがとう」
やはり彼女は私が親友とするに値する人物だった。感情と行動を切り離せる、素晴らしい人だったのだ。
ここまで話が進めばアレを見せてもいいだろう。私はレティキュールの中にしまっておいたあの念話装置を取り出してみせる。
「私、通信師の資格をとったの。何かわかったら私の番号のところに連絡ちょうだい」
私が彼女に見せたのは〝あの〟最新型の念話装置だった。鈍い銀色に光るそれを目の当たりにした時、彼女の目の色が変わった。
「ちょっと何これ?!」
私は努めて落ち着いて言う。
「なにって、念話装置よ。最新型のね。まだ大量生産前で正規軍の内部のみに支給、それも諜報部門のごく一部だけで使われているの」
「念話装置? これが? ダイヤルもボタンもないわよ?」
「これはね、こうやって使うの」
私は念話装置の表面をタッチした。操作命令が光の像で表示され、それをさらにタッチすることで機能を選ぶことができる。
「番号を入力することも当然できるし、あらかじめ登録しておいた番号を選んで発信することができるわ」
「すごい、けどどうやって動いているの?」
従来型の念話装置は大きな箱型であり相手先の通信番号はダイヤルや押しボタンでその都度設定する必要があった。そうした仕組みが全くないのだ、驚くなというのが土台無理な話だ。
私は噛み砕いて説明した。
「おそらくこれは極めて薄く形成したガラス板か水晶板の上に、動作機構となる呪像回路を焼き付けて内部を構成したのよ」
「ガラス板に焼き付ける? もしかして写真の原理?」
さすが色々な方面に投資をしているだけはある。最先端の技術について知識を身につけるのは、投資家としては当然の姿勢だ。
「そうよ、この大きさの水晶板に対して、この部屋の壁一面くらいの大きさの回路図面を、写真の原理を応用して縮小して焼き付けるの。
――〝写真感光〟――
って言うらしいわね」
「なるほど、そうして作り上げた水晶板の回路基板を何層も積み上げたのね。でもそうするとコストはかなり高くなるわね」
「ええ、現行の念話装置の20倍以上にはなるみたいよ」
「高コストか、開発の資金繰りは相当大変でしょうね」
「ええ、そういう事ね」
そこまで話をしてレミチカはニヤリと笑った。
「面白そうね。調べてみるわ」
「あら興味わいた?」
「もちろんよ。こんなに面白そうなの手を出さないわけにはいかないわ。民間用に出回ってないということは、今のうちなら、かなり深いところにまで関わることもできるもの」
これが本来の彼女だ。若いながら優秀な投資家としての側面があるのだ。
「例の件を依頼するための〝対価〟としてはどうかしら?」
「十分すぎるわよ。お釣りが出せるわね」
「あら、どんなお釣りかしら?」
「そうね、オルレアの中心街の一角に新しくできた東方風のお菓子のお店があるの。とても優秀な菓子職人がいるって噂よ」
「あら、かなり魅力的なお釣りね」
「行く?」
「もちろん!」
「じゃあ決まりね! 待ってて支度してくるから」
「ええ」
私たちは会話を終えると、レミチカはロロに声をかけた。
「出かけるわ。外出着に着替えさせてちょうだい」
「かしこまりました」
そう会話を交わして二人は一旦出て行く。
そして程なくして外出用のリージェンシードレスに着替えたレミチカと私たちは連れ立って馬車に同乗した。
私たちはそのまま〝美味しいお菓子〟を求めて出かけたのだった。