レミチカの悲しみと、くだらない平和主義者
そして、レミチカはふと冷静になって私にこう尋ねてきた。
「それで私のところに来た本題は?」
さすがだった。驚くような勘の良さだった。
「うん。少し聞きたいことがあるのよ」
「聞きたいこと?」
「ええ」
そう話すと私はレティキュールからあの写真を取り出した。
そう、ケンツ博士の顔写真だ。レミチカが聞いてくる。
「この人は?」
「最近、北の同盟国から私たちの国にやってきた製鉄工学博士でケンツ・ジムワースと言う人よ」
「北の国から――」
そう呟くと彼女はケンツ博士の写真を手に取った。
「この人の名前と顔、どこかで――あっ!」
レミチカは何か頭に直感するものがあったようだ。
「あの男か」
何か知っているようだったが、表情は苦虫を潰したかのようだった。
「あまり印象良くなさそうね」
「ええ、非常に不愉快な人よ。現実よりも自分の頭の中の理想や理念だけが肥大している人ね」
レミチカは写真をテーブルに置いて語り始めた。
「ある人たちの紹介で投資して支援してないかって誘われたのよ。研究資金を必要としているみたいだったわ」
「それで?」
「相手の人と成りを確かめもせずにお金を出すことなんてできないから、少しお話しさせてもらったの。でもね」
レミチカはいかにも忌々しげに吐き捨てた。
「ヘルンハイトの科学者ってあんなのばっかりなのかしら? 理想や理念ばっかりで現実が全然身についてないの」
「例えば?」
「一言で言えば〝自分の技術は軍事産業に使うのは間違っている〟って主張ね。
『軍事産業に関与しない平和の業種に自分の技術を役立てたい』
夢を見た子供みたいな瞳でいかにも楽しそうにしゃべるの。まぁ、私も大人だったから喋らせるだけ喋らせて丁重にお断りしたわ」
ああ、やっぱり。想像した通りの人だ。なんてことだ。
噴飯やるかたない表情でレミチカの言葉は続く。
「本当はね、私ミルセルド本家を継ぐ必要はないのよ。家督継承をする必要はないの。本来であればね」
だが、その言葉とは裏腹にレミチカはミルセルド家の後継ぎとして期待されている。
「従兄弟に非常に優秀な人がいてね。その人を養子に迎えて、本家を継がせる予定だったの。でも軍学校に進学していたから、何年間か兵役をこなした上で義理を果たしたら軍をやめてもらう予定だったのよ」
その言葉の先がなんとなく想像ができた。しかも悪い方に。
「もしかして、戦死?」
「えぇ、士官候補生として軍学校で学んでいて、卒業後に下士官として最前線で軍務についていた。その際、トルネデアスとの小競り合いが生じてそこで命を落としてしまった。その結果、うちの家督継承は私が背負うしかなくなってしまったのよ」
レミチカはカップの中の紅茶を一口飲むと言葉を続けた。
「私が投資している会社の中には当然軍事産業もあるわ。それはひとえに〝強い武器〟〝優秀な防具〟〝便利な兵站支援器具〟〝手厚い福利厚生〟――、これらが充実して最前線の兵隊の人たちが少しでも生き残る機会を増やすことになればと思ってるからよ」
レミチカはカップを震える手でテーブルに置いた。
「とても凛々しくて勇敢な人だった。オルレアの軍学校にいるときは時々会いに来てくれて、まだ幼かった私と、いかにも楽しそうに遊んでくれた。私は一人っ子だけど私にとっては本当のお兄さんみたいだった――」
レミチカの目を涙が伝う。ロロが気づいて無言でハンカチで涙を拭った。
「もっと装備が充実していれば、もっと身を守る手段があればあの人は死ななかった。今でもそう思うわ。私はそれが悔しくてたまらないのよ」
レミチカも国家を守る戦闘で親族を亡くしていたのだ。
「それなのに! 軍隊が間違っているとか! 戦わずに和平を進めるべきだとか、頭の中に虫でも湧いてるような妄言ばかり! 同席する人がいなかったら顔にティーカップを投げつけてやるところだったわ!」
私は詫びた。
「ごめんね、嫌なことを思い出させて」
「ううん。あなたが悪いわけではないわ」
私は言った。
「この国の戦いは望まれてやっている戦いじゃない。お互いに引くに引けないところまで250年もやりあってきたから落とし所がわからなくなってるのよ」
「そうね、和平なんて、結べるんだったらとっくに結んでるわ。あの時はケンツ博士にはこう言ってやったわ。
『あなたと私では、根本的なところで価値観が合わないようですので投資はご遠慮させていただきます』
ってね。その後にロロが戦死した従兄弟の事を話したら同行していた紹介者が真っ青な顔してたわ。それから後は挨拶以外は一言も喋らずに憮然として帰ってったわ」
「そう」
困った、これは聞きづらくなった。私が困惑しているのを見てなにか思ったのだろう。レミチカが言う。
「大丈夫よ、あなたの依頼には応えるわ。何をして欲しいのか言ってちょうだい」