ルスト、東方人について説いて聞かせる
「でも、新規に雇用する使用人に対しては?」
「もっともな疑問ですね、それについても対策があります」
「それは一体?」
「はい、実は新規に雇用する使用人に対して、同様の身体検査を行う場合、この『すでに他の使用人に対しても雇用契約書に明記した上で同様の方法で健康診断を行っている』と言う〝事実〟が威力を発揮するんです」
私の告げるその言葉に彼女たちも納得がいったようだった。
「そうか、すでに行っているということであれば体を調べる事も、刺青の確認を要求するもの無理がなくなりますわね」
「そういうことです」
まずは刺青の有無、そこからアプローチすればいいだろう。だがまだ話はある。
「それから新規に東方人の使用人を雇用する場合、知人からの口添えでの紹介は避けたほうがよろしいでしょう。個人間のつながりを通じて、黒鎖は一般社会に根を張ると言われますから」
「ではどうすれば?」
「口添えの紹介以外になにが?」
「〝華人協会〟を頼られるとよろしいでしょう」
「華人協会?」
「はい、東方人の国内在住者による合法的な相互扶助の組織です。東方人国家であるフィッサールの在外領事館が公認している組織です。フェンデリオル政府にも認められておりますし、きちんと身元保証のされた安全な人材を提供してくれるはずです」
すると夫人の一人が意外な事を言う。
「華人協会なんて聞いたこともなかったわ?」
「それは仕方ありません。今回の黒鎖のような重篤な問題が今まで起きなかったので、華人協会も就労時の身元保証に乗り出すような必要が今までになかったからです。それだけ今まではフェンデリオルと東方人との間でより深い信頼関係が結ばれてきたと言う事に他なりません」
「そうね、それが思わぬ形で信頼関係にヒビが入ろうとしているのね」
「それだけは勘弁願いたいわ」
「ええそうね」
するとご婦人の一人が打ち明けるように話し始めた。
「実は、当家で雇用している東方人の女性使用人に玉珊と言う子が居るんですが、ものすごく勤勉なんです。誰よりも朝早く起きて仕事が深夜に及んでも不満一つ漏らしません。お給金を無駄遣いしたことは一度もなくそのほとんどを貯蓄しているといいます。あまりに働き者なので彼女なしでは仕事が回りません」
そのご婦人が気になることを口にした。
「ですが、その子が病気になった時に服を着替えさせようとしたら、体を見られるのをものすごく嫌がりました。二人きりで誰にも見られないようにして、なんとかなだめて言うことを聞かせたのですが、いったい何が見えたと思いますか?」
大体の想像はついた。おそらくあれだ。
「もしや、折檻の跡ですか?」
「はい、背中じゅう至る所に鞭の跡がありました。それを見られる事を泣きながら嫌がっていました」
使用人の身体検査ということでそのことを思い出したようだ。
そういう状況になる身の上を私は知っている。少し迷ったが必要な事実なのであえて伝えた。
「おそらくその子は元奴隷です」
「奴隷?」
「そんなまさか?」
「いえ、奴隷であるのはほぼ間違いないと思います。それも逃亡奴隷でしょう」
〝奴隷〟――衝撃的な言葉に二人とも声を失っていた。
「東方人の国家であるフィッサールでは、奴隷制が存続していました。あの国の奴隷制は非常に苛烈なもので、一度奴隷としてこの世に生を受けたならば特段の理由がない限り一生涯奴隷のままなんです」
「一生涯……」
「ええ」
「奴隷の身分からの解放は?」
「まずありません。あの国で奴隷というのは人間ではなく言葉をしゃべる家畜扱いなんです。牛や馬と同じといえばその扱い方が分かろうというものです」
私が発言に、そのご婦人は使用人の女の子の背中の鞭の意味に気づいたようだ。
「あの子は背中の傷跡から自分の身分がバレること恐れたのね」
「おそらくそうだと思います。自分を人間として、人として扱ってくれるこの国に居れなくなることを恐れたんです。おそらく他の東方人の使用人の中にも相当数の逃亡奴隷が紛れ込んでいるはずです」
「そんなに――」
「はい。奴隷であることに絶望して生まれた国を捨てるんです。実は私の部下にもそうした運命から逃れようとした者が一人います。非常に勤勉で礼儀正しく嘘偽りのない人達です。そういう人たちだからこそ守ってあげなければならないんです」
そこでそのご婦人はあることに気付いたようだ。
「ようやくわかったわ。彼らが〝働かせてくれる恩〟と言う言葉を口にする理由が」
「人として扱ってくれて、寝起きをする場所があって、美味しい食べ物があって、信用してくれる仲間がいる」
「病になれば治療してくれて、しっかりと必要とされている。彼らにとってそれがどれだけ嬉しいことか」
「よくわかったわ。何としても〝いわれなき偏見〟からあの人たちを守ってあげなければ」
「ええ、私たちも候族として生まれたのであれば、なおさらそれは当然のことよね」
「ええ」
それは〝ノブリス・オブリージュ〟
私との会話を通じてその二人のご婦人は大切なことに気付いてくれたようだ。
「それからこれは念のためのお話ですが、刺青の有無を見聞し最終的に解雇する判断になった場合、その通告の際に〝職業傭兵〟を待機させておくべきです」
「万が一、疑われた本人が抵抗した場合の対策ですね?」
「はい。本当に黒鎖の息のかかったものであるなら、ヤケになった場合は非常に危険な存在になりますから。それから何か問題が起きた場合、軍警察の犯罪取締第4局の〝ゼイバッハ大佐〟と言う方をお尋ねになってください。黒鎖問題に積極的に取り込んでいらっしゃる方です。必ず力になってくると思います」
「ええ、承知したわ」
「貴重な話、聞かせて頂いてありがとうございます」
二人の顔には安堵する思いが浮かんでいた。
「あのよろしければ、お名前をいただけますでしょうか?」
「これは失礼いたしました、特級傭兵エルスト・ターナーと申します。お見知りおきを」
「これはご丁寧に。わたくし上級候族のトレマ・セオ・ランテルノと申しましす」
「上級候族のビブリナ・ヘルダ・アルモーゾと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。これも何かのご縁です誰かありましたらば、ご連絡いただければご相談に応じさせていただきます」
「ええ、その時は是非お願い致します」
「本当にありがとうございました」
一通り会話を終えて私はその場から離れた。
そしてメイラのところに戻ると声をかける。
「行きましょう」
「はい、お嬢様」
この国で起きている新たな問題は非常に根深く深刻なものがある。それをなんとか解決しなければならない。
一刻も猶予はない。
私はその深刻さを今改めて感じたのだった。







