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ルスト、全身美容を受ける


 メイラが調べておいてくれたそのお店は、オルレアの街でも服飾店関係が一番多い繁華街の一角に拠点を構えていた。


 小奇麗な住宅の建物で、通りに面した壁は一面がガラス貼りになっている。

 その中は高級化粧品や高級既製品ランジェリーやコルセットなどがいかにも人目に印象深く映るかのように所狭しと並べられている。

 ガラスには金色の塗料で美の精霊(ヴェヌーソ)が華麗に描かれている。

 店の入り口の頭の上には金看板がある。


――美容サロン・ヴェヌーソ――


 店舗の周囲には馬車の停車場も設けられており、上流階級の女性たちが乗ってきたと思わしき高級馬車が所狭しと並んでいた。

 入り口に近づいていけば、扉の前で待機しているドアボーイがいる。メイラが彼とやり取りして中ヘと案内を受けた。

 1階は買い物フロアで個別の応接室で接客対応がされていた。

 店の奥に入り螺旋階段を上ると2階に受付カウンターがある。予約の名前をメイラが告げた。


「先ほど予約を入れさせていただきましたエルスト・ターナーの者です」

「お待ちしておりました。2名様ですね? こちらの用紙にご芳名をお願い致します」


 いわゆるクライアントの受付の紙だ。

 名前、住所、連絡先から始まり、身長や体重や体のデータにまで項目が及んでいる。まずは名前と住所と連絡先を羽ペンで書く。それ以外のところは施術をしながら書き加えていくのだろう。


「ありがとうございます。それでは2名様、こちらへとご案内させていただきます」


 店内は想像以上に広く。受付カウンターからさらに3階へと登っていく。そこで個別の理美容師が担当することになる。私とメイラはそれぞれ別の個室に入ることになった。


「それではごゆっくりどうぞ」


 受付の女性が頭を下げて去っていく。


「お嬢様それでは(わたくし)も失礼させて頂きます」

「ええ、また後で」


 そしていよいよ施術の行われる理美容室へと案内された。部屋の中は複数に分かれており一番最初が脱衣室、その奥に施術室とそのさらに奥とに分かれている。一つ一つの部屋にも二人以上の理美容師が控えていて、完全な分業制になっているのか分かる。

 この辺りは上流階級のお屋敷の高級令嬢の理美容の流れとほとんど変わらない。

 不思議とデジャヴを感じながらも私は彼女たちに声をかけた。


「それではお願いね」

「はい。それではさっそくお召し物をお預かりいたします」


 その言葉と同時に3人ほどの補助員が私の周りに集まる。帽子、ハーフマント、スペンサージャケットと続き、ブーツを脱がされてスリッパが用意される。

 エンパイアドレスが背中の合わせ目がほどかれて、二人がかりで丁寧に脱がされていく。インナーのシュミーズをほどき残りは下着の上下と薄手のロングのソックス。これも恥ずかしさを感じる暇もないくらいに手早く脱がしにかかる。

 全てを脱ぎ終えると同時にタオル地のガウンを着せられる。

 この間、まさにあっという間だ。


「お召し物はこちらでお預かりいたします。さ、こちらへどうぞ」


 案内された先に行けば寝台や化粧台が据えられた部屋があり、さらにその奥にバスルームが繋がっている。まっすぐバスルームに向かえば、純白の陶器製のバスタブにすでに綺麗なお湯が貯められている。理美容師が私のガウンを脱がしながら問いかけてくる。


「お客様、ご使用になられる香油はどれになさいますか?」


 香油、肌用のオイルに香料を加えたもので昔から上流階級女性や王侯貴族の女性たちが美しさに磨きをかけるために愛用してきたものだ。

 最近では化学薬学の発達もあって保湿剤や栄養剤を加えたものもあるという。ただ私の場合仕事柄あまり香りをプンプンさせるわけにはいかない。私が思案げにしていると理美容師は提案をしてきた。


「ご職業柄、あまり香りを残すわけにはいかないのでしょうからこちらはいかがでしょうか?」


 そう言って壁際に並べていたボトルの一つを取り出した。透明なボトルの中には少し赤みがかった香油が入っている。蓋を取り中の香油を自らの手の甲に垂らすとそれを私で嗅がせてくれる。


「いかがでしょうか?」

「匂いがしない!」

「はい。最近ではお仕事柄、匂いを避けなければいけないご婦人方も増えてらっしゃいますのでこういうものをご用意致しました」

「助かるわ! これにするわ」

「承知いたしました。それでは早速、お体のお手入れに入らせて頂きますのでこちらへどうぞ」


 そう私に告げて、私をバスタブへと案内してくれる。それから一時の間、夢のような時間が始まった。


 まずは湯を浴びて体を温める。お湯にも火山地帯の温泉から取られたと言う薬効成分が入れられていて体の芯まで温まる。やがて全身から汗が噴き出してくる。

 その後、清潔なお湯で汗を洗い流すと、オリーブオイルから作られたと言う石鹸で体を隅々まで洗ってもらう。さらに透明なお湯で体を温めなおすとバスタブに身を横たえながら洗髪と頭の地肌のお手入れと続く。

 体を温め終えたら湯から上がって隣室へと戻って寝台に横になる。ここで香油を全身にくまなく刷り込んでいく。

 この香油の刷り込みの手技も経験による熟練の技が発揮される。丁寧かつ丹念に香油が刷り込まれて行き、それと同時に素肌と全身の筋肉のマッサージも行われる。

 それはまさに職人芸であり満足のいくものだった。

 あまりの心地良さに私は思わず尋ねていた。


「あなたもしかしてどこかのお屋敷に勤めていらっしゃったのかしら?」

「あらお分かりになりますか?」

「ええ、ここまで見事だと相当経験を積んでるんじゃないかと思って」

「そうおっしゃっていただけて光栄です。長年勤めいたお屋敷を離れてこのお店を開いたんです。元のお館様が資金の支援もしてくださったのでこれだけの立派なお店にする事ができました」

「そう、素敵なお館様だったのね」

「はい」


 使用人が経験を積んで独立して自らの店を持つのは決して珍しい話ではない。無論そこには主従関係を超えた信頼関係もあるはずだ。


「もしかして、元の屋敷の奥方様やお嬢様もご利用になられてるんじゃない?」

「はい、当店一番のご常連になられております」


 そう語る彼女の言葉はとても嬉しそうだった。

 これもまた、やりがいのある人生と言えるだろう。

 乾燥室で手足の爪の手入れを受けながら香油を乾かし再びもう一度お湯を浴びる。水滴を十分に拭き取ってからもう一度香油の刷り込みを受ける。


「お客様、筋肉がしっかりとお付きになられているわりに、お体が随分とよく引き締まってらっしゃいますわね」

「ええ、軍の仕事で毎日身体を使っているから」

「そうでらっしゃいましたか。ですが軍属の女性の方は体の肉付きがよろしい方が多いんですよね」


 そう言いながら理美容師の手は私の腰周りへと向かう。確かに言わんとしていることをよくわかる。体力を使う仕事だからどうしても飲み食いを多めにする。そのため女性軍人や女性傭兵はがっちりした骨格の上にボリュームのある体つきな人が比較的多いのだ。

 彼女は私に仰向けになるようにうながしながら、胴回りの辺りを丁寧にマッサージし始めた。


「それにひきかえ、お客様はお腹周りなども、とてもよく引き締まっていらっしゃいますわ。ドレスなどをお召しになられたら、さぞや美しいシルエットになると思いますよ」

「ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

「お世辞ではありません。これでもひと月に何百人と言うご婦人がたの体を拝見させて頂いてますので。例えばこちら――」


 そう言うと彼女の手は私の胸を触れる。


「よく絞られたお腹周りのわりに、こちらのお胸の方は形も張りも良く、とてもボリュームがあります。コルセットなどで引き締めなくても、さぞや素晴らしいウエストラインなると思います」

「そうなんですか? 自分であまり自覚はないんですけど」

「自信を持ってくださいまし。掛け値なしに美しいお体ですので」


 男の人にほめられるのは往々にして下心を感じるものだが、同じ女性の人から体つきのことを褒められるととても嬉しくなってくる。ましてやそれが女性の美しさを仕上げてくれる職人であると言うなら尚更だった。


「もしドレスを着る機会があったら、その時はまた体のお手入れをお願いするわ」

「承知いたしました。いつでもご用命ください」


 そんなやり取りをしながら、2度目の香油の刷り込みが終わる。

 体を自然乾燥させながら、髪の毛の手入れと顔の仕上げを受けて、施術は終わりだった。


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