ルスト、隠れ家で夕食をする
「さてもう一箇所」
もう一つ連絡をしておく場所がある。念話装置の表面をタッチして登録しておいた番号を呼び出す。
【registro】
画面にあらかじめ登録しておいた番号が一覧される。その中の一つ選んでタッチして発信する。
【専属侍女:アルメイラ】
たったこれだけで目的の相手に通信ができる。旧式の機械式はそのつど番号を指定しなければならないのだが、それを考えればはるかに便利になったと思う。
ほどなくして先方へと念話がつながり、相手が呼び出された。
『はい、アルメイラです』
『メイラ、今大丈夫?』
『お嬢様? はいご用件をどうぞ』
念話の相手は私が信頼している小間使い役のアルメイラだ。私の不在時に自宅や、複数存在する別宅を管理してくれている。多忙を極める私の手助けになればと、私との連絡手段の確保のために彼女も通信師の資格を手に入れたのだ。
そもそも、私たちが使っているような念話通信は資格制だ。国家試験をパスしなければ使うことはできない。なのにそれをあえて資格を身につけたあたりに、有能で努力家な彼女の人柄が現れているように思う。
『今日夕刻5時半過ぎくらいに、オルレア中央のマティチエ発着場に到着する予定だから、呼び出し馬車を手配してほしいの』
『マティチエ発着場ですね? 承知いたしました』
『お願いね。帰り着いたらまたゆっくり話しましょう』
『はい。お夜食を用意してお待ちしてます』
『ふふ、楽しみにしてるわよ』
私は会話を交わして念話を切った。
私を乗せて船は行く。運河船は一路、オルレアへと進んでいった。
† † †
その日の夕方日没過ぎの午後5時半に、目的地のマティチエ発着場にチャーター船は到着した。
接岸した船から降りればあらかじめ予約しておいた呼び出し馬車が私を待っていた。
4人乗りの簡素なブルーム馬車、所属会社のシンボルマークがドアに彫られている。それを目印に馬車に歩み寄り馭者と会話して馬車に乗り込む。
そして一路向かうは私の隠れ家だった。オルレアの繁華街に近い中心地高級住宅街にそれはある。都市部に多いタウンハウス型の邸宅で、私とメイラが過ごすには十分すぎる大きさだった。
庭のないコンパクトにまとまった3階建て。本当はこんなに大きな建物でなくても良いのだが、私とメイラの二人で暮らしているということを悟られないために敢えてこの大きさのタウンハウスを選んだのだ。
私の本来の家は西の都市のブレンデッドと言う街に有るのだが、その仕事上、国内を頻繁に動き回るから、いちいち宿をとるよりはと主要都市にいくつか別宅を設けたのだ。これはその一つだ。
無論、実家のお母様はご存じないのだけど。
その正面入り口前に馬車が止まり、速やかに馭者が降ろしてくれる。
降り際に乗車賃を支払い、私は自分の隠れ家の邸宅の玄関ドアのノッカーを鳴らした。
「はい!」
館の中から凛とした声がする。私が信頼する小間使い役である有能な侍女アルメイラ・リンケンズだ。
「お帰りなさいませ」
ドアが開いて中から声がする。私は微笑みながら挨拶をした。
「ただいま! メイラ!」
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
「またしばらくお世話になるわね」
「はい!」
そう答えるのと同時に私が持っている荷物を受け取ってくれる。
軍にまつわる仕事をするようになって、私一人では生活が回らなくなりつつある。その意味では有能な使用人というのは財産そのものだ。
私の仕事はメイラなくしてはありえないと思うのだ。
3階の寝室に向かい部屋着に着替える。
愛用の黒い傭兵装束を脱いで下着姿になると、メイラがゆったりとした作りのエンパイアドレスを用意してくれた。
「ありがとう」
私が着替え終えるとメイラが尋ねてくる。
「お嬢様、お食事になさいますか?」
「そうね。食事をしてから少しゆっくりお風呂に入りたいわ」
「はい。どちらも既にご準備が整ってます」
「さすがね。楽しみにさせてもらうわ」
「お任せください。さ、どうぞ」
メイラに招かれるままに2階のリビングに行く。テーブルの上にはすでにナイフやフォークが並べられていていつでもお食事できるようになっている。
私は遠慮せずにテーブルの席に着く。
メイラが用意してくれる料理を待つと食事の準備を終えたメイラに声をかけた。
「さ、あなたも一緒に」
「はい。では失礼して」
使用人と館の主人が一緒に食事をする形になるが、これは私が言い出したことだ。せっかく二人で暮らしているのだから。一人でもそもそと寂しく食事をするよりは、二人で楽しみながら食事をしても悪くないと思ったのだ。
それに別な時間にずらして食べるとメイラの後片付けの時間がさらに遅くなる。さすがにそれは私も気兼ねする。
私にとって彼女は単なる使用人ではなく大切な家族なのだ。
メイラが用意した、スープにローストビーフに野菜のたっぷり入ったポトフをいただく。喉を潤すのに赤ワインも開ける。
食事が始まり私と彼女の会話が始まった。
「任務お疲れ様です」
「ええ、予定を少し超過したけど無事に終えることができたわ」
「良かったですわね」
「それがそうでもないのよ」
「え?」
私は苦笑しながら言った。
「すでにさっそく、次の任務を押し付けられたわ」
「まぁ。もうですか? お休みは?」
「2、3日ってところね。ないよりはマシよ」
「それでは、またお出かけになられるのですか?」
「ん? いいえ、しばらくはこのオルレアで動くわ。そこから先は次の仕事の調査結果次第ね」
「そうですか」
「まぁ、たぶん。北の都市のイベルタルあたりに調査活動で足を伸ばすようになると思うけどね」
「その時はおっしゃってください」
「ええ」
メイラは私の予定や動向を察知して、次の宿泊場所となる別邸に先回りしてくれる。正直言ってその辺りの先読みは舌を巻くほどだ。彼女が諜報捜査官になったらいいのでは? と思うこともあるほどだ。
するとメイラが話題を変えた。
「そうそう。先だってランパック様がおいでになられました」
「えっ?」
思わぬ情報に意表をつかれてしまう。
――ランパック・オーフリー――、私の部隊の仲間の一人で武術家の東方人だ。
「この別宅に直接?」
「はい、お嬢様にお会いになるためにお出でになられたそうです」
「で?」
「お嬢様はどちらに行かれたのかとお尋ねになられてました。うまくごまかしておきました」
「そ、そう」
「あぁ、ほかにも。ダルカーク様やガルゴアズ様からは念話でのお問い合わせもいただきました」
「あの二人からも?」
「はい」
3人とも、私が率いている部隊の隊員たちだ。
彼らが私が正規軍の防諜部と個人的に任務を受けていることを知らないのだ。
私は思わず天井を仰いだ。
「それって絶対、私の行動を怪しんでるわよね」
「ええ、そうだと思いますよ? かなり確実にお嬢様の足取りを掴んでらっしゃるようでしたから」
「嘘でしょう?」
私はフォークをテーブルに置いて思わず自分の顔を両手で覆った。
「局長には、部隊員たちには絶対に悟られるなって厳命されてるのよ」
途方に暮れる私にメイラは助言してくれた。
「お嬢様? こうなったら露見することを前提に覚悟を決めになられた方がよろしいかと思いますが」
「そうね、こうなったらそれしかないわよね」
私は大きくため息を付き苦笑しながら言う。
「なにしろ、優秀なあの人たちだからね」
私が今の軍外郭特殊部隊の隊長職を拝命する原動力となったのは、間違いなく有能な仲間たちに会えたからだ。彼らの能力の高さは熟知している。いつまでもごまかしきれるものではないだろう。
「先が思いやられるわ」
「その時はその時です。お嬢様」
「えぇ、そうね」
私たちはにこやかに言葉を交わしながら夜食を終えたのだった。