グリムゲート監獄 Ⅲ ―司法取引と固い約束―
「教えてください! 私はどうすればいいんですか? 何をすれば助かるんですか? お願いします!」
彼女がそう求めるのであれば教えてあげよう。
「いい? 一度しか言わないからよく聞いて」
「はい……」
戸惑ったように返事が返ってくる。
「あなたには〝特秘判断基準54号〟が適応されます。それにより生存の可能性が出てきました」
私がそう言って54号の命令書を見せた時だ。部屋の中で待機している2名の看守が近寄って来てパリスの手枷を外してくれた。
「えっ?」
突然の対応にパリスも驚いていた。だがそれには理由があるのだ。
「フェンデリオルの刑法にはね、容疑者の取り扱いにおける特別判断の基準としていくつかの規定が設けられているの。その中で53号と54号は、死刑囚でもその命を救うことができる救いの糸なの」
手枷を外された手首を無意識になぜさすりながら彼女は聞いている。
「どういうこと?」
「つまりね。53号が特赦助命判断、54号が証人保護処置を含む特赦助命判断とされているの。あなたには54号が適用されます。これがその命令書です」
私はパリスにその命令書をはっきりと見せた。
「パリス、約束果たしたわよ」
私のその言葉を聞いた時に彼女の目から涙が出る。
「本当に?」
「ええ、本当よ。嘘ではないわ」
唇をかみしめて声を出して泣くのを堪えているのが分かる。
でも、それだけではない。物事には代償というのが必要になる。
「パリス、実はねこれは一種の〝司法取引〟なの」
「えっ? 司法取引?」
私にその言葉を聞かされて戸惑っていた彼女だったが、少なくとも組織のトップを任されるだけの才覚はある彼女だ。言葉の意味をすぐに理解してくれた。
「つまり、今の私にやらなければならないことがあると言う事ですよね」
「そうよ。これほどの無理を通すのだからそれ相応の見返りは必要になるものなのよ」
何を言われるか、何を求められるか、不安を感じているのがその表情からわかる。私は持参した書類の束の中から例の燃え残りの書面の切れ端を取り出した。
「これを見て」
そう、アリエッタに解読してもらった老鼠語の暗号文書だ。
「これに見覚えない?」
初めは心当たりが無かったような表情だったが、記憶の片隅に何か起こり当たったのだろう。ハッとしたような表情になる。
そして少しずつ顔が緊張感を増してるようなそんな感じだった。
積極的には加担していないが、老鼠語に関する周辺事情は知っている、そんな感じだ。
「パリス、あなたには自らが知っていることを全て話してもらいます。その情報の内容と質によって司法取引が成立するか否かが決まります」
そして私は彼女の目をじっと見つめてこう言った。
「辛いだろうけど勇気を持ってちょうだい。あなたが勇気を示したら、私は――、いいえ、私たちはあなたを全力で守るわ」
彼女が心の奥底に隠していた〝不信〟が少しあらわになる。
「この国の司法を信じろというのですか?」
「一度裏切られたあなたには辛いだろうけどね。でも、今のあなたに手枷をはめてないでしょ? それなぜだかわかる?」
そう聞かされて自らの両手をとまどいながら眺めている。そして何かに気づいたようだ。
「罪人として扱われていない?」
私は頷いた。
「パリスと言う女性は死んだ。死刑判決にもとづいて。でも、あなたは別人として生き直すの」
彼女の表情が余裕を持った真剣な表情になった。これは明らかに死刑判決の本当の意味に気づいてくれたようだ。
彼女がすがるような視線で私に問いかけてきた。
「本当に守ってくれる?」
「私は嘘は言わないわ」
「うん」
最後の最後の逡巡が残る。でもそれもすぐに消える。
パリスはその重い口を開いた。
「その文書についてと私の組織の内情について全てお話しいたします」
私は傍らの速記官に視線を投げかけると、すぐに気づいて速記官もうなずき返す。
「話して」
「はい」
彼女の言葉が続く。それは彼女の悲惨な日々の一端でもあった。