グリムゲート監獄 Ⅰ ―ルスト、パリスと面会する―
私は、局長が事務所として用いているその邸宅で一晩を過ごした。
十分に、疲れを癒やしシャワーを浴び気持ちを切り替えると、軍が用意した長距離行用の馬車に乗り、朝日が出る前に出発した。
――グリムゲート監獄――
今回、私が向かう場所だ。
我がフェンデリオルにいくつか存在する監獄の中で、極刑判断が妥当とされる凶悪犯や重罪犯が収容される。
人里離れた山中にあり、そこへ至る道は一般には開放されていない。使用する馬車も正規軍が用意する軍用馬車のみが通行を許される。
それも特別な許可証を取得しないと認められないという徹底ぶりだった。
行程は、中央首都オルレアから馬車で3日ほどの道のりだ。
宿泊施設を兼ねた複数の監視所に2泊して3日目の昼前に私はたどり着いた。
目的の場所は峻険な岩山の中腹にあり複数の釣り橋を経てたどり着く。
そこはまさに難攻不落の砦だ。
私は馬車の窓からグリムゲート監獄の異様を目の当たりにする。
「これがグリムゲート!」
岩山の中腹という状況を利用し、建物の周囲3方が断崖絶壁となっているのだ。残るもう1方は切り立つような崖となっており、よじ登るのも不可能だ。
そこへと至る道は途中で吊り橋になる。
吊り橋を見下ろす位置に四つの方向から見張り台が睨みを利かせており、吊り橋を渡って逃亡しようとしても必ず狙い撃ちされる。
150年の歴史の中で脱獄が成功したのは三度だけ。断崖絶壁を素手で降りていったという。もっとも周辺の山地には野生の狼や野犬が数多く出るので、遭難して無残な死体となって発見される。
グリムゲートは脱獄の機会は限りなく無いと言っていい。
あまりの説得力に溢れたその光景に圧倒されながら、吊り橋を渡る。渡りきったところで鋼鉄で強化された分厚い扉がゆっくりと開いていく。
中に入ると扉は二重になっている。両方が同時に開くことはなく一つ目の扉が閉じてから二つ目の扉が開く仕組みだ。
敷地の中へと入るとそこにも高い塀が四方にそびえ立ち、その向こう側に管理施設を兼ねた監視塔が建っている。それを横目に馬車が止まれば、建物の中から二人の人物が現れた。
馬車の扉が開いて私は中から降りていく。現れた二人の人物が私に声をかけてくる。
「グリムゲートへようこそ。お名前をいただけますか?」
「軍外郭特殊部隊イリーザ隊長、エルスト・ターナー特級傭兵です。正規軍防諜部第1部局局長ブリゲン・ユウ・ミッタードルフの命により参上いたしました」
「ご苦労様です。お話は承っております」
現れた看守と言葉を交わして中へと入っていく。少しばかりの休憩を挟んでその日の午後にはパリスと向かい合うことになる。
中央管理施設等の地上3階、換気用に設けられた鉄格子窓だけがある部屋に私は案内された。
部屋の中には向かい合わせで座るテーブルと椅子。部屋の隅に会話を記録する速記官がいる。
席に座って待っていれば、扉が開いて面会対象となる囚人が現れる。
「お待たせいたしました」
看守が言う。服装は正規軍の軍服姿だが、徽章や飾りが微妙に違う。
部屋の外には看守がもう1人いて、看守2人の間に1人の人物がいる。
彼等に促されてその人物は部屋の中へと入ってきた。
薄灰色の木綿地のワンピース。飾り気はなく実用本位で質素なものだ。両手には手枷がはめられていて、特に特徴的だったのは頭に黒い布の袋がスッポリと被せられていたことだ。無論、中からは何も見えない。
部屋の中で歩くことさえままならない。ある意味恐ろしく徹底している。
看守に誘導されて私と向かい合わせの席に座ると、ようやくに頭の黒い布が取り払われた。そしてその中から現れたのは――
「パリス・シューア・ライゼヒルト、会話を許可する」
パリスだった。
あの特徴的な赤い髪も施設収容時の規定なのか耳にかからない程度に短く切りそろえられていた。派手な化粧も全部落とされているのでこれがあの大罪を犯した人物だとは到底思えない。
さしずめ生活に困って盗みを働いた不良少女くらいにしか見えない。
目の前に現れたのが私だったことで明らかに彼女は驚いていた。
「隊長……さん?」
「お久しぶりね。パリス。元気だった?」
そう問われてどう答えたらいいのか分からないのか、うつむいて言葉を濁している。
でも、私に会えて嬉しかったのだろう。明らかに信頼できる理解者が現れた。そう感じたようなホッとした表情で私を見つめてきた。
「お久しぶりです」
そして私は彼女の顔を見ながら言う。
「痩せたわね」
「はい。あまり食欲がないもので」
「ダメよ。食べるものはちゃんと食べないと。そうじゃないと生理が止まってしまうから」
私がそう言った時だ。彼女は落ち込んだ表情でぼそりと言う。
「別に、生理なんか止まっても何の不都合もない。生理があったって子供が作れるわけじゃないし」
パリスは明らかに先行きに希望を全く持っていない。
「私の死刑は変わらないですよね」
絶望と言うよりも、もうそれしか道がないのだと諦めてしまっているのだ。私と本気で殺し合ったあの時とは別人のような弱々しさだった。
むしろこちらの方が本当の彼女なのかもしれない。
闇社会という過酷な世界で生き延びるために己を徹底的に偽ってきたのだ。
すっかり仮面の剥がれ落ちた彼女に私は告げた。
「確かに表向きの死刑判決は変更されません。これだけは絶対に変わらない。国家として絶対に曲げられない鉄則だそうです」
「はい。それは取調官の人に何度も言われました」
なるほど、彼女がひどく衰弱している理由はそれだろう。
「それは誰? ここの施設の人?」
彼女は顔を左右に振った。
「ここの施設の人たちは厳しいけれど、規則の範囲内でちゃんと人として扱ってくれます。そこはとても感謝しています。私に言葉を浴びせたのは軍警察の取り調べ官です」
その言葉に誰のことだか想像がついた。軍警察の本部に一人融通の利かない管理官がいる。恐らくそいつだろう。後でシメておこう。
私は言葉を慎重に選びながら彼女へと語りかける。
「実はね、あなたに伝えておきたいことがあってやって来たの」
「伝えたいこと?」
「ええ、まずあなたが過去に被害を負った財産乗っ取り事件について」
「はい」
思い出すだけでも辛いのだろう。彼女の顔に暗さがよぎる。
だが、まずはここから始めなければならないのだ。