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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第2話:助命への道 ――死刑囚パリスと救済者ルスト――
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正規軍防諜部・極秘幹部庁舎 Ⅵ ―特秘判断基準54号―

 傍らに佇むブライセン副官が意味ありげに微笑みながら言う。


「〝初見殺し〟とも言われてましてね、局長に訓練を受けた者は必ずやられるんですよ」

「では、ブライセンさんも?」

「ええ、やられました。エルスト特級のときと全く同じです」


 そして彼は補足してくれた。


「大丈夫、みんなやられてますから」


 私とブライセンさんの会話を意味ありげな微笑みで眺めながら、局長はこう言った。


「いいか? よく覚えておけ。南方大陸のとある部族の戦闘技法の言い伝えにこういうのがある、


『自らの持つ武器を敵に印象づけよ。さすれば敵の動きをこちらの有利に操ることができるであろう』


 表の軍隊の戦いと違い、裏の軍隊である諜報部門の戦いはまさにこの言葉に集約される。いかに敵をこちらの思惑に誘い込むか? それがもっとも重要になるのだ」


 そして私はあることに気づいた。


「局長は私にそれを教えてくれるために?」

「そうだ。その他に精術武具の無詠唱発動の重要性をお前の体に叩き込む必要もあったしな」

「無詠唱発動――」

「そうだ。正規軍人や傭兵としての広い戦場での戦いなら、精術発動のための聖句詠唱も問題にならないだろう。だが、お前がこれから歩んでいくであろう様々な特殊作戦においては自分自身の存在と気配を押し殺すことは極めて重要になる」


 そう語る局長の目は真剣だった。


「様々な部門から防諜部へと人が集まってくる。そこで最初にぶち当たるのが表の世界の闘いと、世の中の裏側の戦いでは、あらゆる常識が異なるという現実だ。このことを体に染み込むほど理解できるかどうかが、この世界で生き残るための重要な鍵となる」


 局長はそのことを私に理解させるためにこの模擬戦を仕組んだのだ。

 ただ同時に私はある事実に気付いた。


「そうだ」


 この戦いにはパリスの生存の可能性がかかっていた。だがそれに負けてしまったのだ、しかもあっさりと。これでは彼女に合わせる顔がない。

 私の心は急速に不安にとらわれる。それが表情にも浮かんでいたのだろう。

 ブリゲン局長の柔らかい声が聞こえてきた。


「何をそんなに暗い顔している」


 そう言いながら局長は私に書類の入った封筒を差し出してきた。


「えっ?」


 驚いた顔していると局長はさらに言う。


「敢闘賞だ。持って行け」


 中身の透けない濃い茶色の封筒には何も明記されていない。とまどいながらそれを受け取ると局長は言った。


「その中に〝特秘判断基準54号〟に関する書類が入っている。それを持ってグリムゲート監獄へ向かえ」

「グリムゲート? って確か?」


 そこは死刑囚や極刑判断が避けられない凶悪犯が収監されている刑務施設だ。オルレアから遠く離れた人跡未踏の山中にある極秘施設だ。

 当然そこに収監されているのは――


「では?」

「死刑囚パリス・シューア・ライゼヒルトに面会してこい。その上で特秘判断基準54号に基づく特別司法取引を成立させてこい」


 特秘判断基準54号――、噂には聞いていたが初めて目の当たりにする。


「確か54号判断は特別司法取引」


 そして私はあることに気づいた。


「私がパリスと司法取引交渉をするというのですか?」


 すなわちパリスにはまだ詳しく聞き出さなければならない重要情報が残っているということになる。

 

「そうだ、お前にしかできん仕事だ。何しろ収監されてから軽度のうつ状態にあり、誰からも対話を拒んでいるそうだからな。何しろ本人は極刑しか残されていないと諦めているそうだ」

「判決に対して希望を持っていない囚人によくある行動ですね」

「そうだな。だがルスト、パリスからはお前の名前が時々出ているそうだ」

「つまり私と会いたがっていると?」

「そうだ」


 局長ははっきりと頷いた。


「フェンデリオル正規軍防諜部第1局局長として命じる。パリス・シューア・ライゼヒルトに会い、今回の事件の背後事情について詳しく話を聞いて来い。老鼠語文書に記載されていた〝ケンツ・ジムワース〟なる人物に関する情報について彼女が分かっている事を全て吐き出させるんだ」


 私は局長が渡してくれた封筒をしっかりとつかみながら答える。


「そして特別司法取引を成立させる」


 局長は再度確かめるように尋ねてきた。


「できるな?」

「無論です。二言はありません」


 そう答える私の肩をそっと叩く。

 

「今日はゆっくり休め。明日の朝、グリムゲート監獄に出発しろ」

「了解です」

「こちらの方でも〝ケンツ・ジムワース〟と言う人物について調べておく」


 そう言い残して局長が部屋から出て行く。ブライセン副官も私に軽く目線を合わせて部屋から去っていった。

 二人が居なくなったゲストルームの中で私は大きくため息をついた。


「局長にかつがれた――」


 模擬戦に勝たなければパリスを助けないなんて嘘だ。すでに特秘判断基準54号に基づく判断決済を事前に根回ししていたのだ。


「私の覚悟を試したんだ」


 そのことに気づくと心の奥から笑いがこみ上げてくる。ならばパリスとの約束を果たすまであと少しだ。


「よし」


 俄然やる気が沸いてくる。これくらいの体の痛みで休んでいるわけにはいかない。

 私は局長が渡してくれた封筒の封を開けた。そして特別司法取引に関する書類に目を通したのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] これは極端な例かもしれませんが。 一度、武器を印象付けられると、その武器をポーンと横に投げられても目で追ってしまうという。 怖! 人間の心理って怖!
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