夜戦争LⅩⅩⅩⅩⅣ 正《ヂォン》、龍の男を待つ
「時に正、最近私はある疑問を持っています」
「どんな疑問だ?」
「はい、奴隷の身分に縛り付けようとしたあの強欲な元主人。海を離れた国において帰化という形で自由を手に入れたとはいえ、私を追いかけてくる様子はありません。逃亡当初から比べるとあまりにも穏やかな日々なのです。そう――まるで私の捕縛を諦めたかのように」
そのパックの疑問の答えを持っていたのは正だった。
「その理由は私が教えてやろう」
一瞬沈黙すると、静寂の後に正は言葉を吐いた。
「なぜお前が追われないのか? それは――俺が殺したからだ、お前の元主人をな」
「な――」
あまりな事実にパックは言葉を失っていた。
「お前が身分解放が叶わずに絶望して極秘出国を行った際、俺の中には耐えがたいほどの怒りの炎が沸き起こった。俺とお前、終生の好敵手との戦いを台無しにしてしまったのは間違いなくあいつだ。その咎は償わせなければならん」
「それで殺したのですか?」
「そうだ、この拳でとどめを刺した。」
「殺人者となった俺は夜の闇に紛れるために闇社会に落ちた。そして外から流れ落ちて今に至るというわけだ」
あまりな事実にパックは嘆きの言葉を吐いた。
「なんということ、私ごときのために、なぜそこまでするのですか? あなたまでもが冥府魔道に落ちるいわれはない」
だが、正も、自らの過ちに諦めを抱いてるような素振りだった。
「お前と今一度戦いたい。そう願ったからだ。お前は逃亡奴隷の身、そのままでは二度と国に帰ってくることはできまい」
「それで国を出た」
「ああ」
「何と言う愚かなことを――、自由を得た今の私の身分なら正面から国へ帰ることもできるでしょうに」
「そうだな。俺は愚か者だ。だがな白王茯よ、そんな愚か者の願いを一つ聞いてはくれまいか?」
その言葉にパックは左の拳を右手で包み込むようにして行う包拳礼で答えを返した。
「何なりと」
「ありがとう、ならば今宵の戦いを最後まで戦え。そして最終決着の場にやってこい。俺はお前をそこで待っている」
「最終決着の場?」
「そうだ」
「それはどこですか?」
パックの必死の問いかけに正は背中を向けた。
「お前なら必ずたどり着ける! 白王茯! 待っているぞ!」
そう言葉を残して正は夜の闇の向こう側へと姿を消した。
後で残されたのはパックただ1人。
彼もまた仲間の元へと戻っていく。
その裏路地にはもう誰も残っていなかったのである。