夜戦争LⅩⅩⅩⅩⅡ パック、彼の者の足取りを追う
夜の街路をパックはひた走る。
追いかける時の視界の片隅に捉えると、獲物を追う餓狼の如くパックは走り続ける。
そして数分ほどの時間が経った頃、パックは北部商業地の片隅の花街に最も近いエリアの傾きかけた古い家屋がしているエリアの狭い路地へと足を踏み入れていた。
朽ちて傾きかけた4階建ての家屋が左右から寄り添い合いほら穴のような空間を生み出している。
そこに足を踏み入れた時、狭い路地の向こう側にて1人の人物がパックを待っていたかのように立ちすくんでいた。
その後ろ側に表街路の華やかな光を放つガス灯やランプ灯の明かりを受けて、シルエットだけが色濃く浮かび上がっている。そのシルエットから察するに身につけているのは長袍だろう。長袖の前合わせの衣だが知識人や高位の武術家が身につけることが多い衣装だった。
パックにしては珍しく額に汗をかき必死になって追いかけていた。
深く息をして呼吸を整えるとそのシルエットに向けて問いかける。
「まさかとは思いました。あなたがこの国に来ているとは」
シルエットは向こう側を向いていたがゆっくりと身を翻してこちら側を向いている。彼からの言葉を待てば、ひどく落ち着いた声でその人物は答えてくれた。
「お久しぶりですね、白王茯」
それはパックの本名だった。そしてその名を呼ぶ人物の名前もパックは覚えていた。
「あなたはやはり、正 橘安――〝虎の男〟の――」
言葉では答えない。左の拳を右で包む包拳礼を示してきた。パックも包拳礼で返礼する。
「教えてください。なぜあなたがこの国のこの町にいるのですか? しかもあのような連中と一緒に!」
その言葉は現に正 橘安という人物がパックにとってのっぴきならぬ重要な人物であるということを示していた。
そんな正は穏やかに微笑みながら意味深な言葉を語る。
「白、お前ならもう分かってるんじゃないのか?」
その言葉は図星だった。わずかに目を見開いて驚いたような顔をする。そんなパックを見据えながら正は言葉を続けた。
「お前が海の向こうのあの国から、逃れてきてもう何年になるかな」
「そうですね、もう5年はくだらないでしょう。いいえ、もっと長いかもしれません」
「だろうな、アデア大陸4大天覧武術大会も主役が全く姿を見せなくなったので観客の入りもめっきり悪くなったという」
しみじみと語るその言葉にパックは顔を左右に振った。
「あの大会はもう思い出したくはありません」
「だろうな、お前にとっては絶望の象徴だからな」
「はい」
そこでパックは大きく息を吸い込むと気持ちを落ち着かせながらゆっくりと語った。
「あの大会は、あのフィッサールと言う国では自分自身がどうあがいても自由を得ることは叶わないのだと思い知らされた場所でした」
「身分解放が認められなかったのだったな」
「ええ、当時の私の強欲な主人が武術大会にて覇を唱えた私を見世物にする意味で手元に置きたがったがゆえでした。あのままあそこにいても私には絶望しかなかった」
「だからこそ海を越えて旅だった」
「はい」
明確に静かに語るパックに、今度は正が語る番だった。