夜戦争LⅩⅩⅩⅩ 乱戦、タクトの秘策
タクトのコルネットから発射された音波は華人街の南門前の広場にて大きく響き渡った。そしてその場で戦いを続けていた敵味方双方の陣営にも、コルネットの音は襲いかかる。
職業傭兵の1人が疑問の声を漏らす。
「なんだこの音は?」
「こんな時に音楽だ? 一体何を考えてるんだ」
「知るか! 気をそらすな」
「おう」
皆不思議がるばかりで鳴り響いている音には一切関心を向けなかった。
だが、敵側である蒙面たちは違う。
音が鳴り響き周囲に反響を繰り返しているその真っ只中で、頭部に革マスクをかぶっている蒙面たちは一様に頭を抱えて苦しみ始めたのだ。
「な、なんだこれは」
「ぐ、ぐぉぉ……」
「あ、頭が壊れる!」
総勢で80人はくだらない人数が乱戦をしている状況で、奇妙なことに顔マスクをしている蒙面たちだけが頭を抱えてのたうち回り始めたのだ。
「やめろ! やめろぉ!」
あちこちから悲鳴が上がる。それは耳を塞いで聞こえなくなるというものではなく明らかに精術武具の音にまつわる精術の効果によるものだった。彼らが攻撃を加えられているのは〝頭蓋骨〟そのものである。
「よくわからないがこれはチャンスだ!」
「一気に叩き伏せろ!」
「おおお!」
タクトの仕掛けた音波攻撃により、あっけない形で状況は一気に逆転した。戦闘に集中することができなければどんなに高度なスキルを持っていても戦いに勝つことはできない。
数の上での圧倒的優位があったりも関わらず、蒙面たちは一方的に職業傭兵達に打ち取られる結果となったのだ。
そして、蒙面の加勢が得られなければ、襲撃の主体である武魔衆はもはや抵抗することはできない。
「武魔衆! 華人の街に仇なしたその罪思い知れ!」
華人街の若者たちにより次々に打ち取られていく。
カークも、それらを身を守りながら討伐のけじめに加勢したのだった。
戦いの趨勢は決した。数の上では敵である黒鎖側の方が本来圧倒的に有利だったが、ある2人の人物の存在を考慮に入れてなかったことが敗因となった。
その勝利の立役者の名前を、華人街の1人の若者が大きな声で呼びかけた。
「そこにいるんだろう!? タクト! それに自警団のトゥフも!」
音響攻撃を止めたタクトが姿を現した。その傍らからは彼の補助をしていたトゥフも姿を現した。
ひとつの脅威が去ったことで華人街の奥から、街の人々や東方人の顔役の者たちが次に現れていた。その中には負傷した艮大門の姿もあった。弟子である若者の1人に肩を支えられながらタクトたちの方を見上げていた。
皆一様に明るい顔をしている。もう早く不安はなかった。
艮が大声で叫ぶ。
「お前たち! ご苦労だった。よくぞやってくれた!」
「皆さんもご無事ですか!?」
「ああ! さすがに犠牲者を完全に防ぐことはできなかったが、華人街が荒らされる事だけはなんとか防げた!」
その時、東邦人の若者が2人に声をかけた。
「タクト! 兔子! 早く降りてこいよ!」
兔子とは〝うさぎ〟の意味だ。トゥフの頭髪には両サイドに銀色に変色した部分があり、それがうさぎの耳のように見える。それを意味して華人街の人々は彼を兔子と呼ぶのだ。
「はい!」
「今そっちに行きます」
そう言いながらトゥフは愛用の精術武具〝銀糸悠悠〟を取り出しワイヤーを繰り出して地上へと降りていく。
タクトもトゥフのワイヤーを頼りに降りて行った。