夜戦争LⅩⅩⅨ 拳魔の切り札
「ガッ!」
理はたまらず苦悶の声を上げる。だが、艮は手心を加えるつもりは一切なかった。
「部下を降伏させろ! さもなくばお前を殺す! こちらからはお前の急所が丸見えだという事を忘れるな!」
その叫びが周囲の乱戦を一瞬止めた。
艮の発する気迫が、混乱した状況に活を入れたのだ。
だが、理は答えない。全身に力を込めて拘束を脱しようとしている。
「無駄だ!」
そう叫んで艮はつま先で背面を強く蹴り込む。肋骨が砕ける音がして、理は喀血した。
「ぐはっ!」
「筋肉の量だけは一人前か? 武術家を名乗るには未熟すぎるな」
そう語る艮の腕には余分な力は一切こもっていない。体の骨格の可動域を完璧に知り尽くし、片腕を決めるだけで敵の動きを封じてしまったのだ。
「抵抗を続けるなら腕の関節を破壊する、潔く負けを認めろ!」
艮がそう叫んだときだった。
「はっ、軍師・艮とあろう者が甘すぎるぜ!」
理は屈することなく強く気勢を上げた。
「精術、帯電放火!」
それは聖句詠唱、精術武具の機能を行使する際に必須となるものだ。だが、理は上半身裸体、それらしき武具も持ち合わせていなかった。
「なに?!」
驚く隙もなく理の全身の肉体そのものが雷撃を発した。かすかに体表を這うように雷光が走ったと同時に、凄まじい電圧の雷撃がほとばしったのだ。当然ながら、その理の腕をしっかりと握っていた艮は雷撃の犠牲となる。
「ぐああっ!」
悲鳴とともに雷撃の電圧に弾かれるように艮は全身をのけぞらせて後方へとふっとばされる。否、全身を硬直させて吹き飛んだのだ。弧を描いて空を舞ったのち仰向けに地面へと倒れた。それはまさに一瞬だった。
「し、師傅!」
「艮大人」
彼の弟子たちから一斉に声が上がった。それを耳にしても艮は立ち上がることはできなかった。
「ぐっ、ぐうっ――その雷撃、まさか? 精術武具?」
理はむっくりとその体を起こすとその右手を誇示するかのように掲げた。
「その通り、両手の中指に嵌めてるのはお察しの通り精術武具だ。銘は『雷王の指輪』」
【銘:雷王の指輪】
【系統:雷精系】
【形態:左右の中指に付ける指輪型の精術武具、雷撃を発生させると言う点では、ルストの仲間のカークの持つ雷神の聖拳と同系の武器である。より小型化されており一見すると精術武具には見えない。打撃時に手指の動きを阻害しない特徴がある】
理は圧倒的な優位性を誇示しつつ艮に対して歩み寄っていく。相手を出し抜いたという優越感が彼に尊大な態度を取らせていた。
「ただの指輪に見えるだろうが、初見で大抵のやつは引っかかるんだ。こいつで相手をしびれさせて身の自由を奪えばやりたい放題だ」
敵にしてやらてた形になったが艮はその矜持だけは折られては居なかった。真っ向から侮蔑の言葉を浴びせた。
「卑鄙! 卑劣にも程がある! 武術家としての矜持はないのか?!」
その言葉に耳にして理は艮に歩み寄ると、その胸ぐらを右足で踏みつけた。
「ほざけ! 勝ち残った者こそが物の道理を語れる! 敗者に口は無い! 屍だけが残るのみよ!」
巨躯の体重をそのままに理は艮を踏みつけて攻撃した。全身に電撃のしびれが残っている状況では艮にはどうすることもできなかった。その状況のまま理は声高に告げた。
「お前たちの師は敗北した! 救いたければ武器を手放せ! お前たちも負けを認めろ! さもなくばこいつをこのまま殺す!」







