夜戦争LⅩⅩⅧ 初合、|理《リー》と|艮《ゲン》
乱戦状態の中で理は刀で切りかかってきた1人の若い男を右腕の流れるような動きで斬撃の起動をあっさりと反らすと、その動きのまま相手の顔面を巨大な掌で握りしめる。そして、果実でももぎ取るかのように一撃でその首をへし折った。
――ゴキリ――
不気味な音がして1人の男が絶命する。糸の切れた人形のように彼は地面へと崩れ落ちた。その光景に艮は驚愕しつつ怒りを露わにした。
「貴様! 何をする!」
「何をだと? はっ甘いな艮大門」
理は速やかに構えを取ると、艮と向かい合う。まるで艮との戦いを待ち焦がれていたかのように。
理が叫んだ。
「戦いの本質は殺し合いだ。強くなければ生きていく資格はないのさ」
その言葉と同じ頃、乱戦模様の戦いの場で、両陣営の戦闘員は間隔を開けて大きく広がっていた。南門前の広場でそこかしこで戦いが繰り広げられている。
総じて、武器を持ち出しているのは華人街勢であり、黒鎖勢は無手の者がほとんどだ。だが、武装をしていないのか? といえばそれはまだわからない。
「お前はこう言いたいのか? 弱い者は死すべきだと」
その言葉に理は答えた。
「その通り」
「愚かな」
双方に身構えて、ここでも戦いは始まった。
右手をゆるく斜め前に掲げて右半身を前にして艮は歩みを進める。
対して理は両掌を広げたまま、両腕を前方へと並行して掲げる。
互いにジリジリと間合いを詰めながら双方の絶好の距離を支配しようとすでに駆け引きが始まっているのだ。
だが、艮は間合いを測るだけで自らは動かない。戦いにおける先手後手のどちらかを優先するかの指針となる『先の先』『後の後』の思考である。
艮は徹底した後の後の考え方の持ち主だ。敵の出方を必ず推し量る。
「来い」
艮が告げる。
「応」
理がそれに答えた。両手を前方へ掲げたまま一気に猛進する。その動き、武術と言うよりは別のものに近い。
「む?」
両腕で一気に掴みかかろうというその動作に、艮は反応する。
両腕を平行に真正面を向いている理に対して、艮は左半身を緩やかに前に持ってきている。体軸は必然的に敵に対して斜めになる。
弾丸や矢でもそうだが、一直線に迫ってくるものに対して、平行に構えるよりも、避弾経始の考えからも緩やかに斜めに位置する方が攻撃を交わしやすいのは基本中の基本だ。
理の右腕にそっと自らの左手を添えるように動くと、歩法を駆使して円を描くように自らの左の方へと歩みを進めた。剛腕剛体の猪突猛進の如き理に対して、艮の体術は完全に柔の物である。突進の動きをあっさりかわされて、理は背後を取られた。
艮は理の動きを交わす瞬間、その右の小指を掴み取る。そして、突進する動きを殺していないから、理は自らの猛進する動きで自らの右の腕を逆手にねじりあげられることとなる。
「ぐあっ!」
さらに艮は左足を軸に右足を振り上げて、理の腹部を蹴り込んだ。
攻めは更に止まらない。逆手にねじりあげた敵の右腕を両手で掴み上げると、更に完全に背後へとひねり上げる。まさに一瞬のうちに敵の動きを仕留めた形となった。
「蠢材! 武術は筋肉の量で行うものではないぞ!」
蠢材とは東方人の言葉で愚か者を意味する。
艮が攻めたのは敵の背面、腰の後ろ側だ。臓器で言えば腎臓の位置するあたりである。右足を踏みしめ、左の蹴り込む。ちょうど肋骨がなく、内蔵を防護する上では一番守りにくい部位だ。腹部と異なり筋肉を付けにくいので人体の急所のひとつなのだ。







