正規軍防諜部・極秘幹部庁舎 Ⅱ ―ルスト報告する―
ブリゲン局長が政務室として用いている書斎の中、私は彼の大型の机の前に立ち報告した。
「ご報告します。オルレア東方、貿易都市ガローガ近郊での強襲制圧作戦、無事成功いたしました。それに加えていくつかお伝えしたい情報があります」
それまで書類に目を通していた局長は書類から視線と手を離し私の方へと集中する。その視線を受けて私は言葉を続ける。
「制圧作戦の進行に伴い、制圧対象組織〝闇夜のフクロウ〟その首魁である〝パリス・シューア・ライゼヒルト〟の身柄を拘束。さらに彼女が潜伏する私室として用いていた室内の暖炉にてある書面を発見いたしました」
そして私は自らの懐の中から、アリエッタに調べてもらったあの文章を取り出しながら言う。
「これがその問題の書面です。個人的な調査によりその書面と正体と背景が分かったのでご説明したいと思います」
私が差し出した老鼠語の文書を局長は受け取りながらすぐに視線を走らせた。
「これがその文書か」
「はい」
少し沈黙して文書に集中していた局長だったが、彼もベテランの凄腕だ。こういった特殊な書面に関して何も知らないはずがない。ぼそりと呟いた。
「老鼠語か」
「ご存知だったのですか?」
「こういうものがあるということはな。だが読むことはできない」
その言葉は、さほど驚きに値するものではない。
「最近の闇社会、特に東方人系の組織の間で東方言語に見せかけた暗号文書が行き交っているという事実は把握している」
そして彼は言う。
「これをわざわざ俺のところに持ってきたということは、老鼠語の存在する事実以上のものを見つけたということだな?」
つまり、こういう文書があるのはわかって当然。そして、それ以上の事実を掴んできて初めて価値がある――、彼はそう言いたいのだ。
「無論です。その文面の意味と、文書の発行者を突き止めました」
「ほう?」
局長が望むもの以上を提示できたようだ。私は内心ホッとした。それぐらいわかって当然と叱責される恐れもあったのだから。
「それで?」
「はい、文書の発行者は〝黒鎖〟文面の意味は『ケンツ・ジムワースに接触しろ』と言うものでした。つまりこれはいくつかの事実を示しています」
私はこれまでに集めた情報を整理して彼に告げた。
「まず一つが今回制圧した密輸組織〝闇夜のフクロウ〟に黒鎖が関与していたという事実です。その根拠はこの文書」
私が指摘すると局長の視線が文書へと落ちる。
「この文書は本来、黒鎖の内部の人間の間でしかやり取りされないものです。それがあの組織の中心人物の個人的空間の中で発見された。外部から持ち込まれたというよりは、あの組織の中の人間が誰かが黒鎖で、個人的につながっていたと考えるのが妥当だと思われます」
「それで?」
「調査したところによりますと、老鼠語はフィッサールの様々な伝統的な民族秘密結社や地下組織において、極秘の情報伝達を目的として作られた〝人工言語〟です。その組織ごとに老鼠語には違いがあり、どの組織でやり取りされていたものなのかは文字そのものを解析すれば判明します」
「それが黒鎖だったというわけか?」
「はい。組織のナンバー2かナンバー3、その地位にある人物が黒鎖の構成員なのは間違いありません」
そう答えると局長は問い返してくる。
「なぜトップが黒鎖でないと言い切れるのだ? 組織の首魁であるパリスが黒鎖の構成員である可能性も否定できん」
私は即座に否定した。
「その可能性はありません。民族性結社としての性格を持つ黒鎖に参入できるのは最低でも両親のどちらかが東方人であることが必須となります。パリスの両親はどちらもフェンデリオル人で東方系の血は全く受け継いでいません」
「では、誰がその構成員なのだ?」
当然の質問だった。パリスは黒鎖と無縁だった、と言う事実だけでは報告としては不完全だからだ。むしろ局長としては黒鎖と誰が繋がっていたのか? と言う方が重要なのだから。
「確定情報ではありませんが、組織のナンバー3であるデルファイ・ニコレットが最も怪しいと思われます。
母親は北部系のフェンデリオル人ですが内縁の父親が東方人です。密輸ブローカーである彼は常習的に東方のフィッサール系の様々な組織とやり取りがありました。これは彼が独自に開拓をしたというより、彼の東方人との血の繋がりが有効に働いたと考えるべきです」
「それが、なぜ密輸組織の闇夜のフクロウに直接関わっていたのか? だな。直接聞いたほうが早いかもしれんな」
その言葉を私は待っていた。ある問題について私は局長に尋ねた。
「その件ですが、尋問させていただきたい人物がいます」
私の言葉に少し困ったふうに笑みを浮かべて局長は私に尋ね返した。
「誰に話を聞きたいのだ?」
「パリス・シューア・ライゼヒルト」
「今回の首魁だな」
「はい。彼女に関する背後事情についてはある程度抑えていますが、今回の事件の核心に辿り着くためにはパリスの自白と証言が重要なものになると思います」
「お前ならそう言うと思ったよ」
そう答えながら局長は政務机の引き出しの一つを開けて、封筒に入られた書類を私へと差し出してきた。
「フェンデリオル正規軍中央本部と軍警察上層部での検討の結果だ。パリスに対する処遇が記載されている」
封筒を受け取り中から書類を取り出して内容を読む。私はその文面に背筋が凍る思いをした。
「これは――」
言葉を失うと言うことはこういうことを言うのかと私は思った。