夜戦争LⅩⅩ 天奏のタクト、その旋律
音を武器とする天奏のコルネットと、ヨーヨーの形態を持ち銀糸を無尽蔵に生成する銀糸悠悠、その特性の違いを考慮すれば、二人の分担と選択は最適解のものだった。
かくして、華人街北門付近での戦闘は重要局面を迎えていた。
タクトはその視界の片隅に、トゥフが死兆孔雀の女を追いかけているのを捉えていた。
あの女が引き離された今なら事を有利に運べるだろう。
しかし敵は待ってくれない。死兆孔雀の女がいなくなっても蒙面たちの行動に変わりはなかった。
無言のまま恐ろしいほどの不気味な気配を放ちながら、幽鬼のようにジリジリと迫り始めてきたのだ。
それを前にしてタクトは叫んだ。
「来るぞ!」
その場に揃っていた警備役の若者たち約数十名は緊張を感じつつそれぞれがお手にした武器を既に準備終えていた。
若者たちのリーダー格の1人が大声で叫ぶ。
「撃て!」
フリントロック小銃を構えていた最前列の10名が一斉に引き金を引く。蒙面たちもその動きを加速させようとしていた。弾丸を避けるため跳躍する者、左右に展開して弾丸を逃れる者。全てが異なる行動を取ってこちらを撹乱させようという意図が透けて見える。
これに誘われて追いかけていけば、集団としてのまとまりをバラバラにされて各個撃破されてあっという間に終わるだろう。
ならばバラバラにさせなければいい。タクトはコルネットを口にすると、無詠唱で精術武具の機能を発動する。意識を集中させて自らの脳裏の中で聖句を唱えた。
――精術駆動! 地力倍化!――
重く響く低音の音楽。それが鳴り響いた瞬間、一斉に散開しようとしていた蒙面たちはその場に強力に足止めされようとしていた。飛び上がった者たちはまるで地面に突然叩きつけられるかのように落下する。
――ドシャッ!――
タクトは地面の重力に作用させてこれを瞬間的に倍化させたのだ。
「今だ畳み掛かろ!」
残り30名以上の警備役の若者たちが構えていたフリントロック小銃の引き金を一斉に引いた。
――ダアンッ、ダダァンッ!――
どんな精鋭も、どんなに強力な狂人たちも、身動きが取れなければ赤子も同然だった。たとえ急所を一撃にされなくとも戦闘行動が困難になれば、脅威にならなくなるだろう。
「よし! もうひと押し」
タクトはさらに畳み掛ける。
「精術奥義 天使のハンマー!」
敢えて聖句を詠唱してタクトは曲を奏で始めた。
それは不気味なメロディー、不協和音を伴い、聴く者を不安のどん底に叩き落とすかのような音楽だった。
コルネットの放つ音の直接効果範囲の中にいる蒙面たちが苦しんでるのが分かる。その間にも警備役の若者たちはこの街への脅威を排除しようとさらに弾丸を打ち込んでいた。
どんなに恐るべき敵でも、攻撃するチャンスを得られなければ脅威足りえないのだ。
存分にダメージを与えたところでタクトの奏でる音楽が一瞬止む。そして突然――
――パァンッ!――
極めて甲高い切り裂くような音が響く。そしてその瞬間、殆どの蒙面が糸が切れた人形のようにパタリと動かなくなったのだ。
「なんだ?」
「突然止まったぞ」
「し、死んだのか?」
タクトはコルネットを口から離してつぶやいた。
「ええ、脳か心臓の血管を〝焼き切りました〟仮に今死んでなくても医者の治療がなければ遠からず事切れるでしょう」
脳溢血で脳の血管が切れることを『天使の一撃』と呼ぶ。まさにそれを再現したかのような状況だ。
さりげなくことも投げに言い切るその言葉は恐ろしかった。その圧倒的な力に皆は言葉失っていたのだった。
これこそが闇の力、裏社会で戦う者たちの持つ圧倒的な力の一つだ。
誰が言うともなくそのことを感じずにはいられなかったのだった。







