夜戦争LⅩ 精術武具戦闘部隊|火龍衆《フォロンヂョン》
安堵する幻を確かめると淵は体を離してしっかりと立ち上がる。
「さてそれでは私も、そろそろ現場へと出向く準備をしませんと」
「ああ、行くんだね戦場」
「ええ」
そう答える淵に、幻は机の片隅からある物を取り出した。中指と先ほどの大きさの小さな小さな金属の球体だ。それを3つほど淵に渡す。
「これ使って」
「これは?」
「私が作った最新型の閃光弾。叩きつけるか握りつぶすことでものすごい光を放出する。目くらましには役に立つと思うよ」
淵は頷きながらそれを受け取った。
「おお、これは良い。大きさが小さいので隠し持つのに都合が良い。有効に使わせていただきましょう」
「うん、くれぐれも気をつけてね」
「はい」
淵は幻から受け取った閃光弾を懐にしまいながら語りかける。
「お礼代わりにひとつ忠告を残しておきます」
「なに?」
「正 橘安と古大人のところに、2人の新しい幹部が参入してきました」
「うん、名前だけは知っている。紅狼とブアル・ボースって新参者でしょ?」
「はい」
「あの2人がどうかしたの?」
「あの2人は絶対に信用してはなりません。あの2人は危険です」
淵の真剣な口調の中に宿る真実を幻はそれとなく悟った。
「古と正はそのこと知ってるの?」
「いいえ、提携する外部組織からの移籍者としか見ておりません。ですが私の勘ではもっと厄介なところから送られてきてる人間かと思われます」
「それってまさか、上級評議会?」
その問いに言葉では答えなかったが淵ははっきりと頷いた。
「分かった気をつける」
理解してくれた幻に淵は安堵したようだ。
「そうそう、忘れるところでした」
「え?」
淵のつぶやきに幻は疑問の声を漏らす。それと同時に淵は右手を掲げて指をパチンと鳴らした。
それからほどなくして幻の工房の中に数人の男女がぞろぞろと入ってくる。
その中の目つきが悪い1人の男が淵と幻に対して声をかけた。
「淵 大人、小幻 精術武具戦闘部隊火龍衆全員頭数揃ったぜ」
「ご苦労様です」
そこに並んでいるのは総数6人の男女、いずれも東方風の人種の人間たちであり年の頃はいずれもが20代ぐらいだろう。その装いは実に多彩でありフェンデリオルで標準的なシャツにズボンを基本とした洋装から、東方人の通常的な漢服姿までそれぞれの個性に合った個性的な装いを身にまとっていた。
思い思いに佇む彼らに幻は声をかける。
「ご苦労様。急に呼び出して悪いわね」
その言葉に彼らのリーダー格と思われる1人の男が前に進み出てて告げた。
「なに、別にかわいやしねえさ。あんただったらいつでも飛んでくるぜ」
「ありがとう。秋」
無愛想な幻は珍しくも破顔して笑顔を見せた。
その両手に特徴的な手袋をしている秋も右手に腰を当てて佇みながらお礼の言葉を返す。
「いえいえどういたしまして。俺たちは一癖も二癖もある変わり者だ。どこにも居場所がない。そんな俺たちに声をかけてくれて戦う術を与えてくれたのはあんなだからな」
その言葉が幻には地味に嬉しかったり違いない。
「それは私も同じだよ。淵やあなたたちがいてくれたから私も生きる術をここで見つけることができたんだ。でも」
幻は少し寂しそうな顔を見せる。
「それも今夜限りかもしれない。勝つにせよ負けるにせよ今までと同じ暮らしは無理だろうからね」
「夜戦争だな? 噂に登ってきてるぜ」
「どんな風に?」
「古のヤツがいよいよやけくそになったってな」
「あ、そんなふうに思ってるんだ」
「少なくとも、火龍衆のメンツの中ではな」
「否定はしないよ。何しろ自分が可愛がっていた水の姉さんを自ら破滅させて、挙句この街の女帝様を怒らせちまったんだからね」
「馬鹿な話だ」
「ああ、馬鹿な話さ」
そう答えながら幻は大きくため息をついた。
「そういう事だから、あとは好きにしていいよ。一緒に戦うも、こっそり姿を消すのもどちらも自由だ」
そう声をかけられても誰1人としてそこから離れることはなかったのだ。
秋が彼らの気持ちを代表するかのように声を発した。
「ケツ割って逃げるのはごめんこうなるぜ。俺たち6人、そして火龍衆の下っ端連中、全員あんたについていく」
その言葉に答えるかのように幻は彼らの名前を呼んだ。
「秋 原風」
「おう!」
「易 范范」
「はい」
「羅 蜜瓜」
「あい!」
「包 丽薇」
「はい」
「凱 維陽」
「おう」
「艾 怒涛」
「はっ」
6人全員の声が返ってきたところに幻は告げた。
「今夜は好き勝手に全員暴れな。そして明日の朝になったらまたこのメンツでやり直すんだ」
――やり直す――
「その言葉に全員が頷いていた」
そして淵が最後を締める。
「それではお行きなさい。それぞれが思うがままを行うために」
その言葉を覚えると同時に6人は掻き消えるように姿を消した。そして後で残されたのは淵と幻のみ。
「小幻、それでは私もこれで」
淵は、うやうやしく頭を垂れる。
「気をつけてね」
「御意」
ついに淵もここから立ち去った。後に残されたのは幻のみだった。彼女は余分な言葉は何も口にしなかった。そして無言のままこの工房から姿を消したのである。







