夜戦争LⅨ 淵《ユァン》と幻《ファン》
そう言いながら手にしていた精術武具を組み上げ終えて完成させる。
「さ、できたよ」
そう答えながら幻は手にしていた精術武具を淵に手渡した。口の中におさめて用いるスタイルの極めて変わった精術武具だ。
系統は『歌精系』
銘は『音無しのさえずり』と言う。
「修理目的で部品は交換してないけど、戦闘中の連続使用に備えられるように各部を締め直して内部の音波発信体をより高出力仕様に置き換えたから、だから効果領域は今までの2倍以上になるわよ」
淵は満足げに頷いていた。
「相変わらずお見事ですな。フェンデリオルの凡百の精術武具職人ではこれほどのものは作れますまい」
当然ながら口の中に収めて使用するものだから装着時には仮面を外すこととなる。だが、淵は誰の前でも仮面を外すことはない。ある1人の人物の前を除いて。
「失礼」
一言断って仮面を少し上へとずらす。そして口の中へと音無しのさえずりを納めていく。その際に淵の素顔がほんの少しだけ垣間見えるが、幻は横目でちらりと見ただけでそれ以上はじろじろとは眺めることはなかった。
音無しのさえずりを口の中に入れて口蓋に貼り付けるように装着する。取り付けに苦労する様子はなく1発で納められたようだ。
「どう?」
「良好です。取り付けた際の違和感もありません」
「よかった。少しでも異変があれば教えてちょうだい。すぐに直すから」
「承知いたしました」
作業を一通り終えて幻は道具を片付ける。基本的なところでは几帳面であり決して手を抜くということはない。そんな彼女を眺めながら淵は問いかけた。
「それにしてもあなたは私の素顔には全く感心を示さないのですね」
「当然じゃない、あなたが見せたくない物を無理に眺めるほど厚かましくないわ。その仮面の中のあなたが白髪の老人でも歳若い少年でも、私はどちらだって構わないわ。外見だけの人間なんて大抵ロクでもないもの」
物を作るという技能を持っている彼女だからこそ、人の外見というものにはいくらでも手を加えることができるという達観した価値観があるようだ。
「辛辣ですね、ですがそのような物言いもまた、あなたの魅力です」
「それ褒めてるの?」
立ち上がり歩きながら問い返す。
「一応褒め言葉ということで」
そんな言葉のやり取りに幻の表情に笑みが浮かんだ。
「ねえ淵、1つ聞くけど、あなた今回の作戦どう思う?」
問いかけられた淵には、幻の穏やかな声の中にかすかな不安が垣間見えていた。
「怖いのですか? 明日の朝どうなっているかが?」
「否定しない。このまま帰る場所がなくなっていたらどうしようかと思う。私にはもうここしか帰る場所がないから」
淵は右手は自分の胸に当てながら意味深に答え返した。
「ええ、よく存じておりますよ。ですが諦念をその胸に刻みつけるのはいささか早すぎます」
「えっ?」
驚く幻に歩み寄ると、淵は両手を広げて小柄な|幻をその胸の中にしっかりと抱きしめた。
「覚えておいてください。これまでも、これからも、私はあなたの最大の味方です。私はあなたは絶対に裏切りません」
「うん」
それは闇組織という場所の中にあっても、強い信頼の糸で結ばれた2人だからこそ起きている光景だった。







