夜戦争LⅦ 古 小隆《グァ シェンロン》裏をかく
水は問い返す。
「それより、花街の素人の女連中が、実際どれだけ戦えるかどうかは別物だね。おそらく花街が大規模に荒らされることをあらかじめ想定して準備していた人間が別にいたんだろうねぇ」
さすがに彼女も戦闘のプロというだけあって今回の事態がなぜこうなっているのかおおよその推測はついていた。
「否定はしねえさ、俺たちの気づかない誰かが事前の準備を行っていなかったってだけの話さ。もっとも花街の襲撃はあくまでも囮だ。イベルタルの戦闘勢力を大きく2つに分散させるための壮大なハッタリだ。計画の本命はここからだ」
「へぇ? いよいよここからが本番だね?」
ニヤリと微笑みながら水は古の酒盃に酒を注いだ。その酒杯を受け取り一口飲みながら古は語った。
「ああ、ここまでの被害の規模はどうあれ主要な戦闘勢力を2つに分けると言う本来の目的は達した。向こう側も俺たちが次にどこを攻撃してくるのか? を必死になって考えあぐねているだろう」
「だろうね。向こう側には守るべきものが山ほどある。どこを傷物にされても後々影響のあるところばかりだ。必然的に自軍の勢力を複数に分散をさせなければならなくなる」
「そういうことだ。これを見越して、こちら側の主力部隊である蒙面連中はその能力の優劣で2つに分けてある。力量の劣る下級の連中を投入したのが花街だ」
その言葉に水は古の深謀遠慮を見たような気がした。
「やるねぇ、ここまでの戦いで花街の一戦でうまくやり返したと思っていたら、ここから先が本命の手駒の登場ってわけだ」
「ああ、そういうことだ」
水は軽く身を乗り出しながら問いかけた。
「それで、次の本命はどこだい?」
古はサロンルームの壁にかけてあるイベルタルの地図に視線を向けながら言った。
「この国の精霊様が祀られているあそこだ」
古の視線の先を追えばそこにあるのはフェンデリオル精霊大聖堂、この国の信仰の拠点だった。
「エグいことやるねえ。さぞや燃やし甲斐があるだろうね」
「ああ、盛大な松明になるだろうぜ」
しかしそこで古は立ち上がる。
「もっともその前にもう1つ襲っておかなきゃならねえところがある」
「それはどこだい?」
古は言葉で答えることなく腰に下げていたナイフを抜いて地図上のある場所へと投げ放つ。
――ドッ!――
重い音を響かせてナイフは地図上のある場所へと突き刺さった。
「そこは、華人街――」
「そうだ、このイベルタルの街の商人連中と並ぶ2大勢力の1つ、移住系住民の根拠地だ。こいつを荒らして東方人の勢力を足止めできればイベルタルの活動可能な戦闘勢力は一気にその数を減らすだろう」
「だろうね」
水は古の狙いに納得したようだった。
「それでそこに行く連中の手はずはどうなってるんだい?」
「抜かりない。すでに正 橘安が動いている」
「お? 〝虎の男〟がいよいよかい」
「ああ、あいつならやってくれるだろうぜ。配下の武魔衆を率いてな。すでに現地に向かって準備を始めているぜ」
そこまで聞かされて水も立ち上がった。
「それじゃあ私も準備を始めるとしようかね」
「ああ、頼んだぜ」
彼女にはすでに受け持ちの場所を言い渡してある。密かにここを抜けてその場所へと向かうのだろう。
「武運を、水 大人」
そう声をかけられて足を止めて軽く振り返りつつ、水は軽く右手を挙げた。そしてそのまま歩き去っていく。
後に残されたのは古ただ1人である。







