夜戦争LⅥ 堕天楼閣の地下にて ―古《グィ》と水《シュイ》、語らい合う―
イベルタルの花街のさらに北側、大きな水路を挟んだ向こう側にくすんだ気配を放つ一角がある。イベルタルで最も治安の悪いエリアである〝雑居街〟だ。
あの雑居街のさらに深奥部に異様を誇りながらたたずんでいる木造高層建築〝堕天楼閣〟がある。
その建物の地下3階では、黒鎖の幹部である古 小隆や水 風火たちが話し合っていた。古はこのフェンデリオルの国で活動する黒鎖の集団の頭目であり、水は腕利きの戦闘武侠を率いる女武侠だ。
この2人以外の主だった幹部はすでに作戦領域へと行動を開始していた。この部屋に残されていたのは彼らだけだったのだ。
彼らは今夜のこの大きな戦いである〝夜戦争〟の経緯について意見をかわし合っていた。
赤い朱塗りの丸テーブルの周囲に腰掛けながら唐酒をぐい呑みの器でたしなんでいる。
どちらともなく言葉が出てくる。
「それで、現状はどうなっているんだい?」
水の言葉に古は答える。
「都市南東の独立記念塔は破壊に成功だ。フェンデリオル正規軍の駐留部隊を完全に足止めできている」
「だろうねぇ」
胸にさらしを巻き、毛皮の上着を羽織って水は語る。
「あそこが落とされれば、川を挟んだ対岸は上流階級様の高級邸宅街だ、そっちの方にまで飛び火されたら軍の幹部連中の首が揃って飛びかねないからね。意地でも警戒を緩めるわけにはいかないだろうさ」
「だが、問題はその次だ」
「へぇ、するってぇと、あれかい? 花街襲撃だね?」
「あぁ」
そう古 小隆はため息をつきながら、酒盃を仰いだ。
「ちぃと想定外だな。襲撃状況は向こう側と拮抗しているらしい」
「花街が? 花街の女たちがかい?」
「あぁ、さっきから淵 小丑の使いの者がひっきりなしに報告をくれてくる」
古はからになった酒盃をテーブルの上に置きながら苛立ちを吐き捨てた。
「多少の反撃が来るのは想定してたが、1番想定外だったのは花街の女どもが自衛手段を講じていたということだ!」
「へぇ」
古の答えに幻はニヤリと笑いながら受け止める。
「敵ながら女だてらにやるじゃないか」
水の言葉に古は苛立たしげに睨むが、そんな事を気にするようなヤワな彼女ではない。
「あたしだって女だよ? 覚悟を決めた女ってのは生半な男連中より怖いのさ。なんたって股の間からガキひり出して育てられるんだからね。体の奥底に刻まれてるのさ『自分が生んだ命を絶対に守れ』ってね」
最もな言葉に古は冷静に聞き入れている。
「腹の中で命を育てる。それがあるから女の戦いと男の戦いは根っこが全然違う。何かを守ろうとするなら女はとてつもなく厄介なのさ。それこそ自分が死んでも大切な命を生かしてやろうとするからね」
その言葉に古が問い返す。
「随分と知っているような言い方だな」
その瞬間、水はほんの少し憂いたような表情をにじませた。
「昔、向こう側の大陸にいた頃に1人だけ産んだことがあるんだ。もっとも前の旦那も死んで逃亡生活の中だったから、安心して育てることなんてできやしない。さっさと諦めて金を持ってそうな子供のない商人夫婦に里子に出しちまったよ」
古はその時、かつて彼の愛人であり命を落とした猫が受けた仕打ちに水がなぜ敢然と反論してきたのか納得がいった。
「悪かったな、古傷を掘り起こしちまって」
「気にすんな、もう終わったことさぁね」
そう、あっさり言い切る水の顔は過去を振り切ったように涼し気だった。







