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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第2話:助命への道 ――死刑囚パリスと救済者ルスト――
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泥棒市場と代筆屋 Ⅲ ―アリエッタ、その孤独の理由―

 私は彼女にもう一つ尋ねた。


「アリエッタ、その文書に何が書かれているか読める?」


 私がそう尋ねれば彼女はニヤリと微笑みながら言った。


「私を誰だと思ってるの?」


 そう言いながら再びあの文書を手にして視線を走らせる。そして沈黙すること数分、彼女は口を開いた。


「これは人の名前だね」

「人名?」

「うん。しかもフェンデリオルか北の同盟国ヘルンハイトの人間だ。ある人物に対する接触を命じる指令書だね」

「その人物の名前は?」

「『〝ケンツ・ジムワース〟彼がフェンデリオルに来るから接触をするように』と書かれている。半分近くが焼けているんでそれ以上は詳しくは分からない」

「そう」


 でもそれだけでも十分過ぎる収穫だ。その人物の名前には心当たりがある。

 そしてそれ以上に、なぜこれがあの彼女(パリス)の私室の暖炉の中にあったのかということだ。


「これは黒鎖の内部で使われている文章だったわね」

「ええ。部外者には絶対に流通させない」

「ならばなぜこれが、フェンデリオル人の運営する密輸組織で見つかったのかしら?」


 私が口にした疑問に彼女は真剣な表情で答えた。


「そりゃあ簡単だよ。その組織の誰かが黒鎖の結社の人間だったってことさ。案外、組織のトップはお飾りでナンバー2かナンバー3が本当の実力者だった。なんてとこが正解だろうね」

「でも、その組織には東方のフィッサール人はいなかったわよ?」

「そうとも限らないさ。何も純血である必要はない。フィッサールとフェンデリオルのハーフの可能性もある。父方がフィッサール系なら黒鎖には参入可能のはずだ。一度調べてみることだね」


 よくそんなことが分かるものだと内心舌を巻いてしまうが、常人ばなれした博識が彼女の最大の武器でもある。これだけの蔵書の中で暮らしているのは伊達ではないのだ。

 もっともだからこそ、彼女がかつて勤めていた大学では彼女のことを疎み、そして彼女がいないことを惜しんでいるのだ。


「わかったわやってみる」


 それで私は決して少なくない額の金貨の入った袋を渡した。


「これお礼よ」

「ありがとう。素直に頂いておくよ」


 そう言うと同時に彼女が立ち上がった。


「悪いけど、ひと月かふた月、姿を消す。何しろ黒鎖だろ? 老鼠語を読める人間がいるなんて分かったらなにが起きるか見当もつかないからね」


 これはリスクだ。大きすぎるリスクだ。下手したらば命に関わる。私は彼女に詫びた。


「ごめんね危ない橋を渡らせて」

「気にしなさんな。こういう社会の裏側で代書屋なんかやってると厄介なのに目を付けられるのはしょっちゅうだからね。これまでにも何度も渡った橋だよ」


 そう明るく笑いながら彼女は旅支度を始める。屋外用のワンピースドレスの上に厚手のロングコートを着る。

 護身用の杖と肩掛けの鞄。それに帽子。いかにも手慣れた旅姿だった。

 そんな彼女の背中に私は言う。


「ねえ、アリエッタ」

「なに?」

「大学に帰ってこない?」


 私の言葉に彼女は沈黙した。少しばかりの無言の後に彼女は口を開いた。


「分かってるでしょ? 私があそこを捨てた理由。散々食い物にされた。妊娠させられて中絶までした。私はもう権威や地位だけに固執する人間が跋扈する象牙の塔には関わらないの」


 彼女がいた大学にはかつてタチの悪い権威主義の教授が居座っていた。彼女はその人物に散々食い物にされたのだ。彼女は学者としての栄光や実績も全て見限って大学を捨てたのだ。


「あの時の教授やその取り巻き連中は全員処分された。今は一人も残っていないわ。何よりあの時あなたを助けようとしたハリアー教授があなたのことを心配しているのよ」

「ハリアーさんか。あの人だけはまともだったからね」


 ハリアー教授とは私の恩師でもある。ドーンフラウ大学の中で一番の実力者であり一番の人格者だ。

 だが彼女のこの口ぶりからすると戻るつもりは全くないらしい。


「分かったわ。これ以上は無理に言わない。でもねこれだけはひとつ知っておいて」

「なに?」


 面倒そうに振り返るアリエッタに私は言った。


「私とあなたの恩師であるハリアー教授、今度学長になるわよ? もし戻ってくるならあなたは最大の後ろ盾を得ることになるわ」

「教授が?」


 その事実には彼女もさすがに驚いたようだった。

 困ったふうに笑みを浮かべるとアリエッタは言う。


「考えとくわ。この一か月の旅の中で」

「いい答え期待してるわよ」


 そう言いながら私は彼女の店を後にした。私が扉を閉めるとその後ろで中から鍵がかかる。店の裏から出て行くのだろう。

 彼女が大学で帰ってくるかどうかは彼女の気持ち次第だ。私にはどうにもできない。


「行こう」


 手掛かりは得た。前に進むだけだ。私はその場所を後にしたのだった。


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