夜戦争ⅩⅩⅩⅩⅦ 狙撃者カーヴァ・パトロ
そこからは余分な言葉は一切ない。
ルストと会食をしていた時の穏やかな人柄からは想像もつかないような、鋭い視線をたたえた1人の男がいたのだ。
呼吸する事さえ躊躇われるような静寂の中でカーヴァはスコープ越しに狙いを定める。呼吸を整え指先に意識を集中しながら目標を探す。
スコープ越しに見つけたのは花街の建物の屋上を今なを徘徊する革マスクの蒙面たちだ。その中の1人に狙いを定めて、慎重に引き金を引いた。
――パァァンッ!――
乾いた破裂音が鳴り響き弾丸が発射される。鉛弾虚空を裂いて飛翔し――
――タァアアン!――
目標に正確に命中していた。
革マスクの男が崩れて落ちる。5人ほどの集団だったが突然の出来事に足が止まってしまったようだ。
「残り4つ」
撃ち終えた銃を青年の1人に手渡し、別の青年から装填済みのライフル銃を受け取る。そして、間髪置かずに即座に狙いを定めてさらに引き金を引いた。
――タァアアン!――
突然の狙撃に足を止めていた革マスクの蒙面たちは2人目が撃たれた事で明らかに恐慌をきたしていた。バラバラに散ると物陰に隠れてしまう。こうなったら統率の取れた行動は不可能だろう。
「ふむ、通常の球形弾と異なりミニエー弾とライフリングバレルの組み合わせは射程が飛躍的に伸びますね。通常なら最大100フォスト(約180m)ですが、これなら400フォスト(約700m)は行けますね」
更なるライフル銃を受け取り次のターゲットを探す。
カーヴァの傍らでは打ち終えた銃に火薬と弾丸を装填する作業が行われていた。
「これなら、花街を荒らす毒虫を十分に退治できますね。さて――」
即座に次の集団を見つけそのリーダーと思わしき者を探す。行動や立ち振舞いから、明らかに違う者を探して狙撃する。どんな小さい集団でも中心となって行動している人物はいる。そういう人を叩けばその集団は機能不全に陥る。
――タァアアン!――
1発の弾丸をもって目標を打ちぬく。やはりリーダー格だったらしく10人ほどの集団は蜘蛛の子を散らしたようにバラバラになり行動不能に陥っていた。
「烏合の衆が、身の程を知るがいい」
そして次の瞬間、スコープ越しに見えたのは建物の下から駆け上がってきた職業傭兵の集団だった。
「ほう? やっとご登場ですね。ですがこれで一安心でしょう」
カーヴァはさらなる狙撃対象を探し、狙撃を再開した。
そのような地味な作業を淡々とこなしていく中で、ライフル銃で撃ち抜いた蒙面の数は20名を超えた。
さすがにこれほど数をこなしていけば黒鎖の蒙面たちにも異常な事態が起きているということは伝わる。そして、狙撃の主を探し始めるだろう。
何よりも黒鎖はその存在を悟られないという意味で建物の屋上での移動を繰り返していたのだ。しかしそれが未知なる方向からの狙撃が行われてるとなれば、もはや同じ移動手段を使えなくなる。
街並みの、建物の屋上から革マスクの蒙面たちの姿が消える。恐らくはまだ存在しているのだろうけど迂闊に姿を見せられなくなったのだ。
「これでいい。移動手段を断てば次の襲撃場所に向かうことができなくなる」
満足げに頷いて他の目標をさらに探そうとしたときだ。
「ん? なんだこれは?」
スコープ越しに奇妙なものを見つけた。
花街の中心近い地点のとある建物の屋上。そこに酒樽のようなものが設置されている。位置的にカーヴァから狙撃するのが困難な場所になるが、これを見過ごすわけにはいかない。
「まさか額面通りに酒樽ということはあるまい」
カーヴァが記憶しているのが確かならば、その建物は病院であり屋上にそれをなものを放置するはずがないのだ。一旦、ライフル銃から顔を離して望遠鏡を手にする。
明かりの少ないこの夜の時間帯では視認するのに手間取るがそんなこと気にしてるわけにはいかない。カーヴァが観察を続ければ酒樽と思わしきものの片隅には黒い線のようなものが引かれていた。そしてそれは別な物陰へと繋がっている。
「導火線? するとあれはまさか爆弾?! 病院を爆弾で破壊しようというのか?」
ありえない話ではない。彼らはフェンデリオル人にとって精神的な柱である独立記念塔を爆破破壊したのだから。







