夜戦争ⅩⅩⅩⅩⅤ ルスト、大規模精術発動
バナーラが尋ねる。
「本当の激しい戦闘はこれからだという事か?」
「間違いありません。でも一番の問題は〝次はどこを襲われるか?〟と言う事です。神出鬼没な彼らです。どこに現れたとしても決しておかしくない」
「例えばどこになる?」
バナーラの指摘にルストは地図の上を指し示し始めた。
「まず、一番考えられるのは中心市街区でも宗教や行政に重要な区画です。自治議会の議事堂、フェンデリオル聖教の協会、こうした箇所を破壊すればイベルタルの政治機能にダメージを与えられる。だが、そのためにはまだ私たちイベルタル側の勢力の足止めは不十分です」
その言葉にバナーラは訝しげな表情を浮かべた。
「まだ、敵側勢力の襲撃行動が起こるというのか?」
「はい、ざっと考えれば――
ひとつ、〝一般市民居住区〟への放火、
ひとつ、イベルタル経済の重要協力者である東方人の住む〝華人街〟への襲撃、
ひとつ、イベルタル物流の最大の要である〝運河港〟の破壊活動、
ひとつ、イベルタル経済活動の中心地点である〝東西道路周辺地区〟の破壊活動、
――荒く考えてもすぐにこれだけ出てきます。もちろん、まだまだ考えられる」
ルストの言葉にバナーラもビルダも蒼白の表情を浮かべている。
「この他にも、商業物流地区を襲って経済的な被害を与えることも考えられますし、フェンデリオル正規軍が東南の独立記念塔の破壊によって身動きが取れなくなったのは、隣接する上流階級市街区への襲撃の可能性を恐れての事です。病院や学術機関のある東南地区も被害を受ければ後々の影響は計り知れません」
ルストは更に問題の核心を口にした。
「重要なのは、敵である黒鎖の勢力がどのような動きを表しているかを正確に読み取ることです。その糸口さえつかめれば、こちらも実働部隊を効率よく集約できるはずなのです」
その言葉にバナーラは苦虫を潰している。
「そのためにはまだ情報不足だ。シュウ女史のところでも情報収集を行っているが敵全体の総数がつかめていないために敵の行動を予測しきれていないらしい」
「やはりそうですか」
ルストはそこで深く思案した。次に何をすべきか? どうやって敵の動静を把握すれば良いのか? そのためには自分は何をすべきなのか? 頭の中で情報を整理する。そしてその答えは速やかに見つかった。
「よし! あれをやってみよう」
「何か妙案でも思いついたかね?」
「はい、私の精術でイベルタル市街区全域に網をかけようと思います」
さすがにそれにはバナーラも驚きを隠せなかった。
「全域だと!? 一体どうやって」
「それは――」
ルストは腰に下げていた愛用武器である戦杖を抜きながら答える。
「私のこの愛用の精術武具を用います。今なら、国家特級傭兵のガリレオ氏に作っていただいた増幅装置も有りますしなんとかなると思います」
そしてビルダにも告げる。
「バナーラさん、ビルダさん、私は大規模精術を発動します。得られた情報をもとに作戦と行動を練りますので対応お願い致します」
「わかった」
「承知いたしました」
その後、バナーラの手を借りてテーブルを移動させて部屋の中央にスペースを作る。そして、東西南北の方位を慎重に確認すると部屋の中央に片膝をついて座り、所持している戦杖型の精術武具を打頭部を下にして垂直に構える。
「それでは行きます」
「うむ」
垂直に立てた戦杖を両手でしっかり構えると、私は戦杖のグリップに自らの額を押し当てる。
「精術駆動、大規模領域展開術式、質量分布探知! 対象、イベルタル都市全域!」
ルストがそう唱えると、ルストの戦杖の打頭部と竿の根元に取り付けられた増幅装置がかすかに光を放つ。
――ブゥゥゥン――
作動音を響かせて術式は始まった。
ルストは自らの意識のすべてをイベルタルのあらゆる場所へと広げていく。
バナーラもビルダもその様子を固唾を飲んで見守っていたのだった。







