夜戦争ⅩⅩⅩⅨ 天舞の戦い ―1―
プロアは大空を上へ上へと舞い上がって行った。
その高度ははるかに高くイベルタルの街を眼下に一望できる位置に見下ろしていた。それに追いすがるように追いかけてくるのは4人の蒙面の者ども。
定番の黒装束の他に、左手には防御用の金属プレートが取り付けられた革製の手袋、両脚にごつい革製のブーツ、右手には剣と呼ばれる薄い刃の直剣、それらを所持してプロアを四方から包囲するように慎重に高度を上げてきた。
いつでも攻撃を開始できるように彼らの準備は万端だった。
それを見下ろしながら最大限に警戒しつつプロアは冷静に見守り続けている。
「動きが違う。〝飛翔する〟タイプではないのか?」
そっと小さく呟き自らの観察の結果を口にした。
冷静に見ていると敵の使用している空中飛行用の精術武具はプロアのアキレスの羽の様に飛翔する能力を与えるものと異なり、空中に目に見えない足場を作ったかのように〝駆けのぼる〟と言った方が相応しいような動きをするのだ。
しかしその速さはプロアのものに劣るものではない。ただ、自由自在に飛翔するか、空中にて大地を踏みしめるかのように駆け回るか、その違いだろう。
だが、その違いは全く別な優位性を生むということをプロアは気づいていた。
「そうか! 格闘技使いが空中で足場を得ることができれば空で格闘ができる!」
そのことに気づいた時、空中でプロアを追ってきた4人がその身のこなしも卓越していることにも気づいていた。単に空中を歩くというのではなく、プロアの仲間のパックの様にかるがると跳躍するように空中に足場を設けて瞬く間に移動してくる。それを可能とする体術をプロアは知っていた。
「たしか、パックのやつが得意としていた――」
――軽身功――
東方にはそう呼ばれる体術がある。気功と力の表し方を鍛錬することで常人を遥かに超えた移動速度や跳躍力を自らのものとする技だ。それを彼らは空中で行うことができるのだ。
それが4人、しかもその右手には雷光を発する剣型の精術武具、いずれも複雑な機能性は持ち合わせていないようだが、単一機能の精術武具であったとしても、使用する術者が卓越した存在であるのならば、機能性の差を埋めることは十分に可能だ。
眼下から〝駆け上がってくる〟4人の蒙面は明らかに上級の存在だ。そう感じさせる何かがある。そしてさらにもう1つ厄介なものがある。
「なんで、聖句詠唱無しに精術武具を作動させているんだよ?!」
彼らは余計な言葉は一切発しない。脚部のブーツ型の精術武具も剣型の精術武具も無言のままにその機能を発動させているのだ。その技法の名前をプロアは思い出していた。
「無詠唱発動!」
その言葉に4人の蒙面どもは意味ありげにプロアを見つめてきた。マスク越しの表情が見えるのならおそらくニヤリと笑っているだろう。
「単一機能だから複雑な脳内思考も聖句詠唱も必要ないってことか!」
単純だからこその優位性がこの世にはあり得るのだ。
【銘:試作型浮遊短靴】
【系統:地精系】
【形態:ショートブーツ型で靴底に重力に干渉可能な機構が備わっており、空中に足場を形成して浮遊することが可能。単機能型で応用機能はないが、その分、使用者の適応を選ばない】
一切の猶予はない。追いつき次第攻撃を仕掛けてくるはずだからだ。
「ちっ!」
プロアは着用しているジャケットの内側から愛用の精術武具をもう1つ取り出した。火炎系最強と言われる【イフリートの牙】だ。
ナイフ型の形状のそれを取り出すと聖句詠唱の前からイフリートの牙は炎を吹き出している。それを右手に握りしめている鞭状の金属武器【鎖牙剣】の根元へと装填する。鎖牙剣のグリップの根元に装填口が設けられているのだ。
「精術駆動! 火炎鞭!」
聖句詠唱の叫びとともにプロアの右手に握られた鎖牙剣に根元から先端へ向けて一気に炎が吹き上がる。それはまさに炎の鞭、それを空中で自分の居場所を確保しながら頭上に輪を描くように振り回して警戒する。
「そうか、機能が単一だから複雑な思考手順を踏まなくて良いのか!」
プロアのその呟きを耳にした1人が強く叫んだ。
「その通り!」
残り3人がその言葉に続く。
「これぞ飛天雷剣の陣!」
「なすすべなく雷の剣で切り刻まれるがいい!」
「死了!!」







