夜戦争ⅩⅩⅩⅦ 赤鮫、吠える
――パキィン!――
さらにもう1本、鎖がちぎれる中でマーヴィンに声が浴びせられる。
「馬鹿な!? お前は体を壊して海賊としては現役を引退して退いたはず」
「なぜお前がここにいる?!」
残る8本の鎖もきしみを上げている。縛鎖の拳を作動させている者たちはその場にこらえるので精一杯だ。
「撃て!」
「構わん! 撃ち殺してしまえ! 今のうちに」
――ダンッ!――
――ダタンッ!――
彼なら所持していた拳銃はペッパーボックス式で、それを所持していた10人が一斉に引き金を引いた。発火機構は雷管式で長身な回転式弾倉を持ち、単独の銃身のない、連発式拳銃としては初歩的な構造の部類に属する。
弾丸は球形の鉛弾でこちらも古い形式だ。黒色火薬がもうもう出る煙を吐きながら爆発する。そして、10発の鉛弾がマーヴィンを襲った。
――バッ!――
――ドッ!――
その弾丸の形状とペッパーボックスピストルと言う構造の特性から命中精度は決して高くない。それゆえに10と言う数の多さで圧倒しようと言うのだ。
10発中、6発が外れ、4発が命中した。
命中した場所は右肩、背中、左太ももに2発、そこから微かに血が滲み始めるがそんなことを苦痛に思うようなマーヴィンではない。
蒙面たちの怯えの前にマーヴィンは優位性を滲ませながら言い放った。
「ほう? さすが黒鎖だな。もともとは港の苦力の口利き屋だったお前らだ。港や海の事情には詳しいな。ああ、体を壊して船を降りたってのは嘘だ」
「なに?」
「あの頃俺は海賊稼業に嫌気がさしていたし、部下の中にも船を預けられるような奴が育っていた。かといってそのまま黙って船を降りる訳も行かねぇ。同業者に対して筋を通す必要もある。だからある戦闘で大怪我を負ったの機会に〝体を壊して現役が出来なくなった〟と言い訳をかまして船を降りたんだよ!」
そしてさらにマーヴィンは義手の左手に満身の力を込めた。
「そしてそれからは陸の上の商売に専念して荒事は避けてたんだ! 昔の海賊仲間に義理を通すためにな!! だが、今度ばかりは別だ!」
その叫びと共にマーヴィンは全身の力を解放する。
マーヴィンを拘束していたはずの残り8本の鎖は逆にマーヴィンに引っ張られて体勢を崩すこととなる。
「こんな鎖で! この〝海賊赤鮫〟様を捕らえられると思ったか? 甘いんだよ!」
まずは左手の力を解放する。そこに絡まっていた3本の鎖を一気に引いて反対側に位置していた蒙面たちに叩きつけた。そしてさらに、左右合わせて5名の蒙面を引きずり始める。
「うわっ!」
「嘘だろう?! 鉛弾を食らってるんだぞ?!」
「や、やめろ!」
拳銃を所持している10人は追加の弾丸を撃とうとするが、仲間を鎖で複数まとめて引きずられている状況では誤射しか出ない。仲間を撃つことを躊躇われてどうしても引き金が引けなかった。彼らの前にマーヴィンが5名の蒙面を分銅のように振り回し始めたからである。
「そらそらそらそら! どうしたどうした! かかってきやがれ!」
それはまさに〝怪物〟
一切の小細工なしに腕力だけでその状況をひっくり返したのだ。
「怪物!」
「うわぁ!」
なまじ武器を手首に固定していたのが災いした。マーヴィンとの繋がりを自ら解除することもできず振り回されるがままになっていたのだ。
分銅のように振り回される5人は残り5人にブチ当てられていた。鎖でマーヴィンを拘束する役目だった前衛は一気に壊滅する。
その蒙面たちのリーダーと思わしき者が叫ぶ。
「鎖を切れ!」
「縛鎖解除!」
「縛鎖解除!」
声に応じて縛鎖の拳を所有する者たちは鎖を根元の側から切り離す。そしてそのまま投げ出されてダメージを負った。苦悶の声を漏らしながらも体制を立て直して立とうとする。
対してマーヴィンはルタンゴトコートの裾をなびかせながら、四肢に絡まった鎖を引きずっている。
「さぁ、次はどうする? ナイフで刺すか? 銃で撃つか? 街の女たちを泣かせるような外道に負けるような赤鮫様じゃねえぞ!」
その叫びと同時に右手に握りしめたカットラス剣を派手に振り回す。
――ブオッ――
「精術駆動!」
海の男が命をかけるカットラス剣、肉厚の曲剣がかすかに火花を払った。
「蒼い波濤!」
次の瞬間、高密度のジェット水流が噴き出す。そしてそれは〝水の刃〟を構成して離れた位置に存在する敵を真っ向から両断する。







