夜戦争ⅩⅩⅩⅤ 空の戦い、始まる
かつて、ルストが高級酌婦として赴いた、あの店である〝銀虹亭〟でも、襲撃者は現れていた。
銀虹亭の常駐の専属酌婦の4人の女たちは自分達の店での仕事に勤しんでいたが、その夜にイベルタルの花街を襲った襲撃者により窮地に立たされていた。
しかしそこに、奇跡的に駆けつけることに成功した2人の男がいる。
貿易商人と運送業を営みながらも、まるで海賊のような風貌マーヴィン・ラウドと、
ルストの率いる特殊部隊〝イリーザ〟の隊員のルプロア・バーカックである。
彼らは襲撃者を蹴散らし、店の者たちを守ると、逃げ出した襲撃者を追って2つに分かれて追撃を開始した。
マーヴィンは建物内部の正面階段を駆け上がり蒙面の姿を追った~
それに対してプロアは店の大きな外窓の方へと逃れた者たちを追う。
店の中を通り抜け、さらにその姿を追えばそこに見たのは驚くべき光景だった。
「待てぇっ!」
大声で呼び止めるがそれを素直に聞くような連中ではない。大窓から出てベランダに立つと、その後空中へと身を躍らせたのだ。
「な、なに?!」
そのまま飛び降りるのかと思われた瞬間、空中に飛び出した彼らはそのまま見えない足場を踏みしめるかのように、空中を掛け登り始めた。
それが意味するところは1つしかない。
「まさか? 空中歩行機能を持った精術武具?」
プロアの漏らした驚きの言葉に、空中へと逃れて行った4人の男たちは、ニヤリと意味ありげな長髪の表情を浮かべてプロアを見下ろしていた。それでそのうちの1人が手招きするように右手を動かすと、中指だけを残して他を握りしめる。
非常に侮辱的な挑発の仕草で、男性の股間のアレを意味している。
その態度に怒りを覚えるのと同時に、その腹の奥からふつふつと闘志が湧いてくるのをプロアは自ら感じていた。
「そういうことかよ! おもしれえ! 飛行機能を持った精術武具の所有者同士、空の戦いへと洒落こもうじゃねえか!」
奴らは、自らが選んだ戦いの場へとプロアを引き込もうとしている。彼らはプロアの持つ攻撃手段の特性を把握して対策をとっているかもしれないのだ。
だが、売られた喧嘩は買う主義なのがプロアだ。
「精術駆動! 飛天走!」
聖句を詠唱して打ち破られた窓から外へと身を踊り出す。そして、プロアは戦いの場を空中へと選んだ。
先んじて4人の蒙面たちが更に高い場所へと空中を駆け上っていく。
プロアはそれを追うように舞い上がって行く。上昇していく過程で蒙面たちはプロアを巧みに取り囲んでいくと、4方向から確実に包囲した。
そして空中の真っ只中で彼らは戦いの準備を終える。
蒙面たちは腰の後ろから意外なものを取り出す。右手には薄刃で軽量な剣を携えていた。
プロアが彼らに尋ねる。
「お前ら4人で同時に切りかかろうって寸法か? その程度の剣、躱すのはわけないぜ」
その際その問いかけに冷ややかに彼らは答えた。
「俺たちを誰だと思っている。闇に生きる我らは戦いの手段は豊富に有している」
プロアは自らの腰の後ろに右手をまわしながらさらに尋ねた。
「お前らが履いているブーツに仕込んだ精術武具もか?」
「気づいていたか」
「ああ、これでも空中飛行能力を持つ精術武具の所有者なんでな」
「そうだったな、ルプロア・バーカック。いや――」
一呼吸おいて蒙面は告げる。
「地下オークションエージェント〝忍び笑い〟」
「俺の素性を知っているということか」
「その通り。そしてこれはお前を封じるための秘策の戦闘陣よ!」
そう叫ぶと同時に彼らが右手に携えた両刃の直刀の剣の刃峰から稲光がほとばしった。
――ヴァリッ!――
それが雷精系の精術武具であることは明らかだった。しかし、同時に疑問も沸いた。
「何だそれは? そんな精術武具、見たことねーぞ?」
蒙面の私が所持している剣は東方民族独特のものでフェンデリオルには存在しない。それゆえにそのような形状の精術武具は作られる可能性が非常に低いのだ。
だがその一言が蒙面たちに余裕を与えた。
「精術武具所有者同士の戦いにおいて勝つために必要な要素はひとつ。相手に手の内を知られないということ、お前の持っている精術武具の特性は知り尽くしている、こちらの持っている武器の特性をお前はまだ知らない」
さらに別な蒙面がプロアを恫喝した。
「お前に勝ち目はない。生き残りたければ俺たちの軍門に下れ」
「お前たちのパシリになれって言うのか? こっちから願い下げだよ」
「死ぬぞ」
「お前たちがな!」
そう叫んでプロアは腰の後ろから愛用の武器を取り出した。細長い金属製の鞭状の武器である〝鎖牙剣〟だ。総金属製のそれを腰の後ろから引き出すと自らの周囲で勢いよく振り回した。
――ビュオォッ――
心地よいくらいの風切音を響かせながら、プロアは戦いへと行動を開始したのだった。







