夜戦争ⅩⅩⅣ 専属酌婦《モノポーラ》と戦いの準備
衣装を着替え終え、後は客を待つだけと言う流れになった時だった。
店の奥の裏方口の方から、1人の男性店員が顔に焦りを浮かべながら足早に入ってきた。
「おい、アンジェリカ!」
「あら、グスタヴ? どうしたの?」
「大変だぞ、教会長が決めたあの〝赤ランプ〟街のあちこちで点いてるぞ!」
その言葉にアンジェリカを始め店の中の全員が驚いたような表情を浮かべていた。
「なんですって!?」
その男性店員は真剣な表情で言う。
「逃げるか? 戦うか? どちらにするか決めなきゃならん」
それは彼の経験則に基づく意見だった。
「アンジェリカ、今はお前が店の責任者だ。お前が決断しろ」
つまりはアンジェリカに決断を迫ったのだ。
アンジェリカは冷静に判断しようとする。右手を口元に当ててほんの少し沈黙を守った。その末に彼女の口から言葉がもたらされる。
「逃げたとしても階下へと場所を移すか、街中へと逃げ出す以外ないわよね」
「ああ、そうだな」
「だったら、逃げても同じ事ね。いずれ追いつかれたら元の木阿弥だわ」
レベッカが言葉を添える。
「そもそもどこに逃げるんだって問題もあるしね」
「そうね」
チコが語りかけてくる。
「じゃやっぱり戦うの?」
「戦うというより〝立てこもる〟わ。なんとかこの場をしのいで助けが来るのを待つ!」
アンジェリカはその脳裏にある人物を思い浮かべていた。この店の危機を救ってくれたあのプリシラだ。
「プリシラさんが居たら絶対にこう言うでしょうね。
――全員で力を合わせてこの場をしのぎ切れば、生き残るチャンスを掴み取ることができる――
――ってね」
その言葉に全員が頷いていた。
ジェシカが大きく頷いた。
「やりましょう! 護身用武器のストックあったわよね?」
「ええ、街の娼館酒房連合協会の銃器訓練でもらったものね。グスタヴ!」
男性店員が即座に動いた
「待ってろ今出してくる」
ローザやジェシカたちも即座にその後に続いた。
全員で店の奥へと移動して、鍵付き棚に仕舞っておいた護身用銃を取り出した。
それまでに受けていた護身術訓練でそれなりに扱い方は教わっているはずだった。
取り出した拳銃は確実性を重視した2連発銃。2つの銃身を平行に並べたものだ。一発撃ち漏らしても確実な2度目が撃てるからだ。これを1人2丁持たせる。
「火薬と弾の準備を始めて。やり方わかってるわよね?」
手慣れたとは言い難かったが全員が協力し合い必死に準備を続ける。
男性店員のグスタヴが剣を持ち出す。
「俺たち男連中は通常の牙剣を使うが、女連中はレイピアのほうが良いだろう」
レイピアは両刃の直刀の剣の一種だが、極めて細身かつ軽量であり、刺突することを特に意図した作りになっている。何よりもその装飾性の高さから、非力な女性層が隣国から取り入れたという経緯がある。両刃の直刀の剣を嫌悪するフェンデリオル人にとっては例外のような存在だった。
男性店員たちは標準的な戦闘武器である牙剣を手にしていた。これに攻撃力の高い一撃を狙って3つの銃身を束ねたライフル銃を備えていた。
腰に巻きつけるベルト型の剣のストックをレイピアと共に女性たちに配る。それを腰に巻いて接近戦にも備える。さらにもう1つ、両肩から厚手の革製のマントを羽織って出来上がりだ。
アンジェリカは皆に告げた。
「行くわよ、サロンルームへ」
そして全員で一斉にひとつの場所で固まって襲撃者に対して備えることとなった。
広いサロンルームの中、店内の中央に供えてあった大きいテーブルを片付ける。見習いの3人の女の子達にはセーフティルームとして改造した押入れ収納部屋に内から鍵をかけて立てこもるように言い含めた。
その上で場所を確保して背中合わせに全員で周囲を警戒する。
その中で1人男性店員が異変に気付いていた。店の入り口でドアボーイを勤めている男で耳が良いと誰もが認めている男だった。
「足音がする」
「え?」
「上のフロアからだ。慌てて下へとかけ降りようとしている」
「それって」
「いよいよ来るぞ! 〝襲撃者〟が!」
その言葉に更に全員が緊張を覚えていた。
沈黙を守り最大限に緊張しつつ、部屋へと飛び込んでくるものたちを警戒していた時だった。
――ドカァン!――
けたたましい音が鳴り響く。店の正面入り口の大扉と、従業員用通路階段に繋がる裏口扉が突破された音だった。







