夜戦争ⅩⅩⅢ 銀虹亭、繁盛す
その大星楼の3階にとある店がある。
【銀虹亭】
かつてルストが高級酌婦のプリシラとして振る舞い、シュウ女史の夢を叶えるという恩返しをした場所だ。しかしその店は困難の真っただ中にあった。厄介な常連客が存在し店の専属酌婦である女たちを疲弊させていたからである。
その店を守るべき立場の支配人の男はまるっきりの無能であり、店に不利益をもたらす厄介な客に対しても、対策的行動を何1つ取ることが出来なかったのだから。
それに救いの手を差し伸べたのが他ならぬプリシラことルストだった。
女の子たちを叱咤し、心の中の問題を汲み取り、厄介な客の要因を見抜いて対策を与える。さらにはシュウ女史の手を借りて衣装や化粧をより見栄えのするものに変えていく。
それはまさに、ルストが普段から職業傭兵の部隊の隊長として、作戦遂行のために仲間たちを率いているその姿そのものであった。
もてなしの宴席の内容と進行を差配し、その5人の厄介な客を1人1人いなしていく。その中でもっとも厄介な1人の客に対しては、ルスト自らが真っ向から立ち向かっていった。
さらには、酌婦として夜の街の作法に則り〝酒盃に寄る果たし合い〟を仕掛けてこれに勝利する。高級酌婦プリシラとして相手の鼻っ柱をへし折り、完全なる和解を見事に引き出したのだ。
この時、プリシラや銀虹亭の専属酌婦の女性たちと和解を果たしたのが、在外商人のヘルメスの鍵の面々だった。そして今では彼らは銀虹亭の優良顧客として認められるように至った。
あの時、プリシラことルストによって助けられた専属酌婦の4人の女性たちは、以前にも増して熱心に働いていた。彼女たちの仕事を困難なものにして悩ませる厄介な存在はもういないのだから当然といえば当然だ。
無能だった支配人は姿を消し、実質的出資者であるシュウ女史の手で店の大幅な建て直しが図られた。店の雰囲気は明るくなり客足も増えた。当分の間は予約にも事欠かないだろう。
――困難な状況にうろたえるのではなく、自らの生業を誇りをもって向き合う――
その事をあの日、プリシラとしてふるまっていたルストから教えられたのだ。以前にもまして店の評判はあがり、店には活況が増していた。
今の銀虹亭を切り盛りするのは、あの時の4人の女性たちだ。
青い目でまとめ役のアンジェリカ、
アルビノの因子を持ち赤い目のレベッカ、
茶の瞳の真面目な人柄のローザ、
瞳が黒く小柄で可愛らしいチコ、
――彼女たち4人は困難な状況から見事に復活を果たしたのだ。
† † †
その日も銀虹亭の4人のメインの彼女たちは夜遅くに始まる宴席の準備に余念がなかった。
「店長、応接サロンルームの花の飾り付けこれでどうでしょう?」
専属酌婦の一人、赤い目のレベッカがアンジェリカに尋ねる。
「良いんじゃない? 今日のお客様はオルレアから商取引の交渉でやってきた投資会社の御曹司の方たちだから、少し派手めな色合いの花で揃えたからね」
ローザもアンジェリカに質問をする。
「そうじゃ衣装はどうしましょう?」
「そうね、難しいところだけど、上品さを重視する方向は見失わないようにしないと」
「若い人向けに肌を見せるのは避ける方向で?」
「ええ、プロフィールを確認してもらったら上級候族の身分の方もいらっしゃるし、中央首都のオルレアの候族の方たちって昔からのドレスコードにうるさい人が多いから不用意にあまり素肌を見せないほうがいいんですって」
「そうなんですか」
すると1番小柄なチコが意見を口にする。
「それじゃあ逆にいつもよりもドレスの裾を長くしませんか? エンパイアドレスのトレーンのように後ろに引くスタイルで」
「そうねそれが良いわね」
ジェシカも衣装について提案する。
「じゃあ、社交界のイブニングドレスのように肩周りのデコルテラインははっきりと見せて、その代わりネックレスを何段にも重ねて首回りを派手めに見せませんか?」
「そうね、以前にもやったように手首にはバングルを重ねましょう」
「香水は?」
「強めにつけましょう。そこは香りで色香をアピールしてもいいんじゃないかしら?」
あの日からアンジェリカは、シュウ女史から店の管理を任されていた。最も最年長でキャリアを積んでいたからということもあるが、彼女が過去他の店舗で責任者をしていた経験があることも影響していた。
もちろん彼女は、その期待に応えられるだけの確かな振る舞いを表していた。
アンジェリカは、将来の専属酌婦候補として雇い入れた3人の若い女の子達にも声をかけた。年の頃16くらいのまだまだ裏若い年頃で、その風貌にはあどけなさが垣間見えている。
「あなた達の衣装も私たちに準ずるものにするわ、衣装私がアレンジするからついてらっしゃい」
「はい! 店長!」
こうして〝銀虹亭〟は、その日の仕事の本番の準備へと入ろうとしていたのだ。







