夜戦争ⅩⅩⅡ 炎上する花街と銀虹亭
イベルタルの花街の至る所に騎馬自警団や職業傭兵たちの応援が駆けつけ始めていた。
戦う相手が相手である。単なる治安維持の警戒行動とは危険度が全く異なる。当然のように全員がしっかりと武装して、数人単位で小部隊を編成しながら花街の各所へと散っていった。
だが、その過程で情け容赦のない光景を彼らは目のあたりにするのである。
花街の南門、大きな街路の入り口に立つ高さ2フォスト(注:約3.6m)はあろうかと言う2柱の巨大なオベリスクの間を通り過ぎて、戦闘部隊は花街救援のために駆けつけた。だが、そこで目の当たりにしたのは無惨な光景だった。
「嘘だろうおい?」
「火の手が上がってる!」
「中の自警団の奴らは?」
職業傭兵と騎馬自警団の一団が花街の目抜き通りの入り口にある自警団詰め所に駆けつけていた。だが、そこで目の当たりにしたのは無惨な光景だった。
「皆殺し――」
「金属製の短弓だぜ」
「複数同時攻撃で一網打尽だ」
「ひでえ――」
5~6人が腰を落ち着けられる大きさの小屋があるが、その中に居るはずの自警団隊員らはすべてことごとく殺されていた。しかも遠距離から攻撃力の高い金属矢で撃ち抜かれていた。そして、その上で小屋に放火をしたのだ。
「外部への救援要請を送らせるためだろう」
「威嚇の意味もあるだろうな」
「『逃げても無駄だ!』ってやつか?」
「ああ」
すると遠くから声がする。
「おい! 正規軍の待機所も襲われているぞ!」
「北門近くの軍警察連絡所もだ!」
様々な場所に散っていた職業傭兵たちが口々に情報を持ち寄りあっていた。
「黒鎖の連中、真っ先に叩いたのが花街の守りの要となる部分だったようだな」
「ああ、道案内の詰所まで焼き討ちする徹底ぶりだ」
「こうしちゃいられねえ、街の女連中に犠牲者が出ている可能性がある」
「おそらくそっちの方がメインだろ」
「よし行くぞ!」
「よっしゃ!」
カーゴパンツに野戦用ジャケットと言う定番の傭兵装束姿の男たちはそれぞれに街の各所へと散っていく。
「武器を持っている個人が、街頭の私娼のねえちゃん達を守って戦っているそうだ」
「救援に向かうぞ!」
別の方では蒙面と直接遭遇する者たちも現れた。
「居たぞ!」
「黒鎖の皮マスクだ!」
「やっちまえ!」
職業傭兵たちは武器を抜き放ち、黒鎖の尖兵の蒙面たちに立ち向かった。牙剣が鍔迫り合いの火花を放ち、精術武具が炎を上げる。各所で熾烈な戦いが繰り広げられたのである。
戦いは未だ一進一退の状況を呈していた。
† † †
在外商人のニルセンが孤軍奮闘しているのと同じ時刻、イベルタルの花街の東五番丁で事件は進んでいた。
高級酒房の多いエリアである東五番丁、その中に特にひときわ目立つ建物があった。
【大星楼】
地上4階建ての大きな商業建物で、それぞれの階に異なる店が入っている。ひとつの土地区画をまるまる使った巨大な建物だった。
そして、その内部では危機的状況が引き起こされようとしていたのだ。
大星楼の3階フロアにあるのが、かつてルストがプリシラの名で高級酌婦として振る舞った高級酒房の銀虹亭だ。
無論そこにも襲撃者が現れていた。
大星楼へと至る周辺の建物の屋上から、高々と跳躍してわたってくる影が複数ある。
今宵、この街を荒らしまわるためにフェンデリオルの国のあらゆる場所から集まってきた無法の徒〝蒙面〟である。
漆黒の夜に紛れるように茶色交じりの黒い装束を彼らはまとっている。花街の建物の屋上を飛び回り、目星をつけた襲撃個所に狙いを定めて移動しつつあった。その黒い影は、要所要所に集まりつつ屋上から下へと下り、花街の女たちが集っている店々へと襲撃を仕掛けるのだ。
今、今宵、大星楼でも剣呑な状況が起きようとしていたのだ。







