夜戦争ⅩⅨ 償う男
「さぁ、行きなさい」
「はい」
彼女はそう言葉を残してそこから立ち去った。
彼女の無事を見送るとニルセンは次弾を装填して歩き始める。
「このぶんだとまだまだ被害者は増えそうだな」
真剣な表情でニルセンは花街の路上へと飛び出していく。
花街のメインストリート。普段なら荘厳華麗な馬車が行き交い、華やかな姿の男女が享楽に委ねる、光の絶えない場所だった。だが今夜だけは違う。
突如降って湧いた危険から、身を避けるために逃げ去ってしまったか、建物の中へと逃げ込んでしまっている。しかしながら全ての人間が身を守りきれているわけではない。
「やはり、まだいたか」
目抜き通りに視線を凝らせば、救いを求めて脇路地から走り出してきた酌婦風の髪の長い若い女性がいる。当然のようにそれを追いかけるように現れたのは革マスクの蒙面だった。
弄ばれたのかドレスを切り裂かれ、もはや半裸状態になっている。女が逃げきれないと分かった上で嬲りものにしているのだ。
その襲撃者の数は5人、少し数が多いが見逃すわけにはいかない。
「距離があるが、この銃ならば!」
長い射程を考慮して片手による勘での射撃ではなく、両手を使った安定射撃を試みる。
――ダァアン!――
発砲音が鳴り響き、女性を襲おうとしていた蒙面の1人の頭側部を見事にぶち抜いた。
「残り4人!」
――ガシャッ!――
即座に遊底を引き、次弾を装填して、遊底を押し込むと同時に片手で腰だめに構え勘で狙いを定める。
「私が食い止める! 早く逃げろ!」
女は驚きつつも脱げかけの衣装を必死に抑えながら無我夢中で走り去っていった。
――ダァアン!――
その間にも弾丸は撃ち放たれ、今度は額を撃ち抜いた。
「残り3人!」
――ガシャッ!――
遊底を即座に操作して次弾を装填する。
――ダァアン!――
「残り2人!」
しかし連写を繰り返す間に蒙面は瞬く間に距離をつめてきた。
「くそっ!」
装填作業に時間のかからない後装式とは言え、弾倉の無い単発式では限度がある。焦りをこらえながら次弾を装填して遊底を押し込みすぐに引き金を引く。
――ダァアン!――
4人目をそこで仕留めるが、襲撃者は既に反撃を行っていた。
――キンッ!――
鳴り響いたのは甲高い金属音、そしてそれと同時にニルセンの左肩に鋭い痛みが走った。
「うっ!?」
そこに刺さっていたのは太めの鋭い針――のような超小型の〝矢〟だった。それと同時にニルセンの全身を痺れが襲った。
「毒か?」
視線を矢を撃ってきた方に向けると蒙面の右手には手のひらに収まるほどのサイズの超小型のクロスボウが握られていたのだ。
「くそっ! 暗殺用の金属クロスボウか!?」
クロスボウにも色々とある。その中でも最も特殊なのが手のひらサイズの小型ながらすべてが金属で作られていて、至近距離なら高威力という代物だった。その特性から暗殺用に用いられた代物である。
5人のうちの最後の1人の生き残りがニルセンに肉薄して左拳で顔面を殴る。
「がふっ」
「その通り。俺たちは暗殺もやるんでね。詰めが甘いぜ屌丝」
屌丝――敗者/失敗者を意味する侮辱語だ。
殴られてスキが出たところに返す刀で左足をニルセンの腹に蹴り込む。
「ぐっ!」
「おっと、英雄気取りで仲間を何人も殺ってくれたんだ、その代償はしっかりと払ってもらわねぇとな」
撃ち終えた超小型クロスボウを投げ捨てると、腰の後ろから一本のナイフを引き抜く。肉厚で両刃の直刀、彼らが愛用しているキドニーダガーだ。それを振りかぶって一気に振り下ろそうとする。
「死了」
だが――
「そう簡単に死ぬわけにはいかんのだよ!」
ニルセンは背後から取り出したその右手に手のひらサイズの筒のようなものを握っていた。それを口に当てて一気に息を吹き込んだ。
――ブォッ!――
中から真っ赤な粉末の煙が勢いよく飛び出た。それはまともに蒙面の顔へと吹きかける。
「ぐっ!?」
その瞬間、敵が悶絶する。
「熊よけ用の目潰しの忌避剤だよ! 山にこもって熊や狼を相手にハンティングをするのが趣味なのでね!」
「くっくそおっ!」
「詰めが甘いのはどちらだったかな!」
地面に落としていたドライゼライフルを拾い上げ急ぎ一発を装填する。
――ガシャッ!――
「私は、この街で散々迷惑をかけた! その償いをするまでは死ぬわけにはいかんのだよ!」
――ドォオン!――
目潰しを食らわせた蒙面に今度は鉛弾を食らわせる。胸の中心部分、ほぼ心臓の位置を見事に打ち抜いていた。







