夜戦争ⅩⅦ 北の女帝シュウ、戦いの口火を切る
ひとしきり考えを巡らせ終えるとシュウは凛とした響きで言葉を吐いた。
「花街での戦いの趨勢がここから先の流れを変えるね」
傍らでアシュレイが頷いていた。
「おっしゃる通りです」
「コマは揃った、盤に配付した。けどあとひとつだけ重要なコマが足りない」
「エルスト様ですね?」
「ああ」
ルストからの連絡は今なお無いのだ。何をしているのかと気が気ではない。だが、その時だ。
「はい! バナーラさん!? はい、はい、少々お待ちを」
複数いる通信師のうちの1人が念話通信を受けていた。
「シュウ支配人、商業ギルド連合会のバナーラ様から念話です」
「繋ぎな」
「かしこまりました」
かかってきた念話の相手は、貿易商人で商人ギルド連合会会頭次長のバナーラ・カラコルーモ氏だった。彼もまたシュウの重要な右腕の1人なのだ。
『シュウ女史、君に伝えておきたいことがある』
『なんだい?』
『繁栄の大鐘楼――その内部施設を使わせてもらう』
『繁栄の大鐘楼? なんでそんな場所を?』
『大至急必要なことだ。それと同時に黒鎖に対して発動予定だった一斉戦闘行動を予定より繰り上げて発動しようと思う』
シュウは疑問混じりに問い返す。
『どういうことだい? 確かに今はとんでもない状況だけどさ』
『今のような状況だからだ。私の方の状況に関して説明不足なのは事実だが説明をしているの時間も惜しい。すでに〝準備〟は始まっている』
『準備?』
『そうだ』
シュウの言葉にバナーラは力強く明確に答えた。そして彼女はある予感を抱いた。そもそもの前提として、黒鎖対する大規模な一斉戦闘行動を行うには〝ある人物〟の存在が前提となるからだ。そう、今ここにいないあの人物が。
「まさか――」
そこでやっとシュウは何かに気づいた。そして、あの彼女が今ここにいないその理由も。
「敵に行動を補足されるのを避けるために?」
すなわち〝敵を欺くにはまず味方から〟の方策だった。
『わかった、作戦遂行の全ての権限をそっちに渡すよ。私は交渉が必要な関係各部署に対しての連絡のやりとりに専念する』
『ありがとう、詳細は後ほど説明する』
『頼んだよ。しくじりはこの街を死なせてしまうからね』
『大丈夫だ。死なせはしない!』
『武運を祈るよ。バナーラ』
『ご厚意に感謝する。それでは』
彼とのやり取りは予想外に簡単に終わった。彼の言葉の内容に若干の疑問は沸いたが、同時に合点がいくものがあったのは事実だ。
「今ここにいない〝重要なピース〟そして、黒鎖制圧作戦を決断した〝バナーラ〟確かあの御仁、非常に優秀な通信師を抱えていたね。それがイベルタルの中心地点の〝繁栄の大鐘楼〟に?」
その時、シュウの頭の中でいくつかの糸が繋がった。自分が気付いた事実に彼女の口元に笑みが浮かんだ。
「なるほど、そういうことかい」
シュウは策略家だ。人心掌握に長けた老獪な人物だ。だが全ての状況がどのように動いているのか理解できたのだ。ストンと腑に落ちる感覚を感じて意を決する。
彼女は自らの傍にいるある人物に声をかけた。
「艮大人」
「はい。いかがいたしましたか?」
武術に長けた東方人の艮大門にシュウは行動を促す。
「ご自身の活動拠点である華人街に向かってください。私は次に何が起こるのか読めてきたような気がします」
「心得ました。それでは速やかに」
――華人街――
北部商業地区に素材する東方人華僑の街だ。艮はそこに活動拠点を置いている。
シュウの言葉に艮大門はにやりと笑うと拱手の礼を示すと、速やかに姿を消し華人街へと向かった。
さらにはもう1人の腹心の人物〝ガフー・アモウ〟にも声をかけた。作家であり貿易商でもあり、政府要人や軍関係者とも繋がりがあると言われる人物だ。
「ガフーの旦那」
「どうした? シュウ女史」
「バナーラの旦那がおっぱじめる。私はこの会議室を全ての情報の流れの起点とする。戦闘に参加する連中への情報の通達はバナーラのところでやるだろうから、私らは戦闘で生じる様々な関係各所との連絡や交渉をやろうと思う。協力してくれるかい?」
シュウの言葉にガフーはニヤリと笑った。
「無論だよ。ここで何もせずに手をこまねいているわけにはいかないからね。君と私、得意分野は分担しよう、政府筋や上流階級関係は私が引き受けよう」
「頼んだよ旦那」
「うむ、勝利の暁には派手に一杯やろうじゃないか」
「もちろんさ」
そしてもう1人、大事な臣下がいる。
「アシュレイ!」
「はい」
「あんたは私が普段から使っている〝監視網の目〟の総括を頼むよ。今現在、何がどこでどうなっているか〝見る事〟は極めて重要になるからね」
「承知いたしました。お任せください」
「それと、こちらが集めた情報はバナーラのところの通信師と連絡を密にするように」
「御意、情報共有承知いたしました」
その言葉と同時にアシュレイは通信師の女性たちに視線を送る。通信使の女性たちはうなずくと即座に連絡先を分担について話し始めた。
シュウは、それらの状況を見守りながら立ち上がり叫んだ。
「いいかい!? 私たちはこの作戦における〝目と耳〟になる! 一瞬たりとも気を抜くことができなくなるけど最後まで頑張っておくれ!」
「はいっ!」
会議室に居合わせた全ての者たちが一斉に声を返した。そして、勝利の朝を迎えるために彼らは動き始めたのだ。戦いはまだこれからだ。だが、勝利の可能性はまだ消えては居ない。
気持ちを落ち着けるためか、ガフーは葉巻のシガーに火をつけて燻らている。
「またこの街で商いをするためにも〝希望の朝〟を迎えないとな」
シュウも度の薄いシードルで喉を潤していた。ガフーと視線を合わせた。
「もちろんさ、必ず乗り越えようじゃないか、この『夜戦争』を!」
「夜戦争か、いいね。歴史に残る名前だな」
夜戦争と言う言葉の響きにガフーはニヤリと笑った。
そして気合を入れるように大きく息を吸って、紫煙を吐き出した。
かたやシュウは、会議室の大きなテーブルの上にイベルタルの街全体の白地図を広げさせていた。そして、今現在起こっていることを小さな紙に書かせて白地図の上に並べさせていく。
「職業傭兵約200名、イベルタル各所へ配置始まりました」
「騎馬自警団も全24部隊展開完了と報告ありです!」
「正規軍兵、火災対応を順調に消化中、解決次第こちらに合流の方針です」
続々と状況への対応の知らせが集まれば、
「花街の路上にて私娼に被害ありとの報告!」
「ビルの下層階より上層階での襲撃報告が寄せられています!」
「北部商業地区周辺で不審な荷馬車の情報が寄せられています!」
「ヘルンハイト在外公館より治安情報についての問い合わせです!」
いまだ混乱の続く現状についての情報も次々に寄せられていた。
まさに状況は混沌としていたのだ。
しかし、希望の芽は摘み取られてはいない。勝機はまだ残されているのだ。
「さぁ、やられっぱなしじゃ終わらせないよ」
シュウは自らの内の中に希望が湧いてくることを感じずにはいられなかったのだった。







