夜戦争ⅩⅥ 北の女帝シュウ、カーヴァ・パトロから知らせを受ける
時同じくして水晶宮の執務室。念話通信が通信師に届いた。通信師はその声の主とやり取りをすると、シュウに声をかけてくる。
「支配人、カーヴァ・パトロ協会長様からご連絡です」
「よし、中継で繋ぎな」
「かしこまりました」
通信師がカーヴァとやり取りをして念話装置を介してシュウと繋ぐ。すると、カーヴァの陽気な声がシュウの認識の中に聞こえてきた。
『失礼しますよ。シュウ女史、そちらの様子はいかがですかな?』
『カーヴァ協会長! ちょうど連絡しようと思ってたところです。花街が危険な状態になってはいませんか?』
『ああ、そのことですが。不安が無いとは言いませんが――』
カーヴァは一呼吸おいて自信ありげに答えた。
『花街が襲撃を受けることを事前に想定しておいて、次善の策を用意しておきました』
『次善の策を?』
『ええ、失礼ながら外部に情報が流出することを最大限に避けるために私独自の判断でかねてから極秘に用意しておいたのですよ』
シュウは驚きを抑えながら尋ね返す。
『それはいつ頃から?』
カーヴァは落ち着いた口調で答えた。
『構想そのものは1年前から、具体的指導は2ヶ月ほど前からです』
『1年? それほど前から?』
『ええ、エルスト・ターナー特級が傭兵として名を上げる西方国境防衛戦、あれ以後、フェンデリオルの主要都市各地で、あの忌まわしい黒鎖の連中が暗躍し始めました。その時から花街へ、黒鎖の勢力から大規模な襲撃がある可能性を私は考慮していました』
『いずれ、このような時が来ると?』
『はい、花街は欲望の街、そして弱者が肩を寄せ集める街です。金にあかして他人の手を借りて守ることもできなくはありませんが、自分自身の身を守る事を花街の女性たちに教えなければならないと私は心にずっと思っていましたから』
それは完全にシュウの想定を超えた根回しだった。風俗街に身を寄せる女性たちは常に危険にさらされている。女性ゆえに腕っぷしが男性に叶わないことも決して珍しくない。
それは自らが女性であるシュウには痛いほど分かっていた。
『それでどのような対策を?』
『はい――
――危険な事態が発生したことを知らせる赤いガス灯ランプの設置――
――戦闘技能を持つ者は、勤務する店内に愛用する武器を用意しておくことを許可――
――戦闘に不慣れな者には、あくまで護身名目で短期間で習得できて威力の高い護身用拳銃の習得と、その武器の貸与――
これらを中心に時間をかけて内密の内に進めておきました』
『へぇ? 初めて聞いたよ。それほど情報封鎖が完璧だったみたいだね。見事だよ』
だがそこでシュウにもひとつの疑問が湧いていた。
『しかしどんなに隠していても敵側に漏れる可能性があったんじゃないかい?』
街の様々な場所に潜伏者はいた。そうした者を通じて情報が漏れる事は否定できない。だが、カーヴァには思案があった。
『大丈夫とは言い切れませんが、そこは人の心を信じました。事実が筒抜けになっていれば向こうの人心掌握が巧みだったと言う事。反対に秘密が漏れて居なければ、潜伏者たちがあいつらより私たちの方を選んだということでしょう』
人の心を信じる――、お人好しなカーヴァ協会長ではあったが、人の信頼を得るという点において何者にも負けなかった。
『それに、今回の事件で改めてわかりましたが、現在の黒鎖の頭目の男は恐怖政治を推し進めるあまり。人の心を集めることができていなかったのですな。もっとわかりやすく言えばあんな連中の片棒を担ぐより、自分たちが生きる花街という場所を守ることの意味を、街の誰もが理解してくれていたということです』
考えてみれば当然といえば当然の話だった。
シュウの知る蜜蜂の潜伏者のシステムは心理的な〝強要〟で成り立っている。そして情報獲得の確実性を重視しているためそう何回も繰り返しは使うことができない。潜伏者側が口をつぐんでいれば勝手に漏洩するということは無いのだ。
『なるほどそう言うことしたか。それに私の知る限りでは、俗に言う間者と違い黒鎖の潜伏者は1人1回が使い捨てです。しかも、潜伏者側から自発的に情報提供をすることはない仕組みなってます。いわゆる〝勝手に漏洩〟するという状況は確かに起こりにくいかもしれません』
『結果として、こうなったという面はありますが、奴らが花街の女たちは弱いと言う思い込みに立脚しているとすれば、まだまだ我々にも反撃の機会は残されています』
『ええ、おっしゃる通りです』
そして、真剣な声でカーヴァは告げた。
『それでは私も行かせていただきます』
その言葉にシュウの脳裏に、一瞬血の匂いが鼻をついた。カーヴァ自身も武器を取るのだと理解した。シュウは心からの言葉で言う。
『ご武運を、カーヴァ協会長』
『ありがとう、では――」
その言葉を最後に念話は切れた。彼とのやり取りを思い起こしながらシュウは思案に暮れていた。







