夜戦争Ⅺ 北の女帝シュウ、腹心の3人と意見を交わし合う
そしてここは、時同じくして場所はシュウ・ヴェリタスの居城である〝水晶宮〟だ。
シュウはその装いをまた新たにして、普段自らが商いのための業務を執り行う部屋で動いていた。
身につけているのは、いつものドレス姿ではなく、男性風のズボンルック姿。ボタンシャツにダブルボタンベスト、これで厚手の毛皮のスペンサージャケットと言う組み合わせだ。さらには足にショートブーツを履いている。
いついかなる状況にあっても、動き回れるように意識したのだろう。
そこは水晶宮の2階にある部屋だった。アーク総隊長との念話を終えて、シュウは普段、業務を執り行う執務室に戻っていた。会議室と隣接しており、そちらで来訪者が待機している。男性使用人や侍女達も活発に動いており、その熱気たるやただごとではなかった。
シュウは執務室の横長の大きな木製デスクに向かい、念話装置でなおも新たなやり取りをしていた。
「――はいそれではよろしくお願いいたします。くれぐれもお気をつけて」
会話を終えて念話装置を切る。その傍らから、シュウの最大の腹心の部下である執事役のアシュレイが声をかけてきた。
「これで主だった方々と連絡がつきましたね」
「ああ、一通り無事が確認できた。ただここで事件が収束に向かうとは到底思えないけどね」
「私もそう思います。おそらくは第2波第3波の攻撃の波がやってくるものと思われます」
「だろうね。ただ最大の問題はそれがどこになるか? ということさ」
「敵による次の攻撃対象ですね?」
「ああ、妥当に考えれば行政施設か神殿などの宗教系施設だろうね」
だがそこにアシュレイは意を唱えた。
「しかしそれではあまりにも当たり前すぎます。放火や破壊を繰り返し混乱を与えるだけでは意味がなさすぎます」
「そうだね。敵は一体何を狙っているんだろうね?」
2人がそう思案していた時だった。執務室の扉を開いて入ってきた人物が2人いる。
シュウの活動を支える四天王のうち、〝ガフー・アモウ〟と〝艮大門〟の二人だった。
先に声を発したのはガフーの方だった。フェンデリオルと東方人のハーフで、手広く貿易を手がけている男だった。そしてフェンデリオル正規軍の特別協力関係者という立場になる男だ。
「失礼、扉の前で話している声が聞こえたのでね。一言、補足しておきたいことがあったので入らせてもらった」
「私もだ」
2人の言葉をシュウは拒否しなかった。ガフーの言葉にシュウが尋ね返す。
「2人なら大歓迎だよ。それでどういう話しだい?」
「それについてだが、次の攻撃対象となるとおそらく、我々に〝強い心理的ダメージ〟を与えるような場所ではないだろうか?」
「例えば?」
「そうだな――」
ガフーが思案すれば、その傍らの艮大門が明確な答えを出す。
「シュウ女史、あなたへの強烈な嫌がらせとして今攻撃を仕掛けて最も効率的なのは〝花街〟ではないだろうか?」
濃紺のおちついた雰囲気の長袍姿の艮大門は努めて冷静な口調で答える。彼のその言葉にシュウは蒼白の表情を浮かべた。
「ありえないほどじゃないけど、まさか!」
「否定したくなる気持ちも分かる。だが今回の場合、可能性は1つでもあるのならば対抗策の1つの中から安易に除外してはならない」
ガフーが同意する。
「そうだね、私もそう思う。イベルタルの華やかさの象徴である〝花街〟――、その輝きはイベルタルの顔と言っていい。プリシラ嬢の高級酌婦の時の一件を思い出したまえ。それを傷つけ、犠牲者を生んだらどうなるか? 我々に対して恐ろしく巨大な心的不安をもたらすだろうことは間違いない」
「そうだな」
艮大門は頷いた。
「戦いにおいて最も弱いところを突くのは、戦術における基本中の基本だ。失礼ながら花街は小さな業者や店舗が多く、襲撃者を排除するには用心棒か警備役を揃えるのが精一杯だろう」
ガフーが補足する。
「集団で一気に攻撃を仕掛けるには、最も効果的な攻撃対象だ」
「ただしその犠牲者と被害者は陰惨な結果となるだろう」
「下手をすればイベルタルの花街は再帰不能になりかねない」
「どうする? シュウ女史?」
2人の問い掛けに思案していた蒼白の表情で思案していたシュウだったが、傍らのアシュレイに命じた。
「騎馬自警団のアーク総隊長に知らせな。大至急花街に直行するように」
「御意、直ちに伝えます」
そして、シュウは立ち上がると執務室から出て行く。
「それから、もっと情報が欲しい。情報網の構成員をフルに稼働させておくれ」
「承知しました」
「ただちに」
彼らは執務室から出ると隣接する会議室に移動した。もう1人別な通信師を呼び寄せるとシュウは告げる。
「華人街の責任者を呼び出しなさい。それと傭兵ギルドにも動員状況の確認を」
「承知しました」
シュウはこの街の実質的な支配者だ。そしてこの状況にあっては指揮官的役割を果たしている。だがそこにもう1つ足りないパーツがある。
「それと、ルストとの連絡はまだ着かないのかい?」
その問いかけにはアシュレイが答えた。
「いいえ、ありません。ヘルゲルを出立したという事だけはわかっているのですが」
「そうか――」
足りないパーツとはルストたちの事だった。一刻も早いルストたちの到着をシュウは待ちわびていたのである。
「たのむよ、私じゃなくてアンタが〝要〟なんだからさ。
ルスト――、彼女こそが今回の黒鎖への対抗戦における最大の要なのだから。







