夜戦争Ⅸ 総隊長アーク、正規軍大佐レギオと対話す
壮年の男性の力強い声がする。
『失礼する。こちら都市治安維持部隊大隊長レギオ・オクティデント大佐です。イベルタル騎馬自警団総隊長アーク・ノバステロ殿ですね?』
『いかにも』
念話の相手は正規軍の軍人で、しかも先日の臨時合同作戦会議で同席したレギオ大佐だ。社交辞令を省いて用件がおもむろに始まった。
『用件から入らせていただきます。ただいまイベルタル南東の自然公園と独立記念塔付近から大規模な火災が生じていることはご存知のことと思います』
『知っている。今、騎馬自警団の総本部見張り塔から視認した』
『ご存知なら話が早い。先日の合同作戦会議で今後の連携行動について話をさせていただいたが、大変に申し訳ないのだが、今後、黒鎖がイベルタルの市民に対して危害行動を始めた場合でも、当面の間はこちらから即時行動を行う事ができません』
その言葉を聞いた時、アークの表情に苦虫を潰したような悲痛な表情が浮かんだ。
『やっぱりそうなりますか』
想定された事態だった。そして、今このタイミングでなぜ南東のはずれの自然公園が燃やされたのか? その裏の意図がわかるような気がするのだ。
『はい、大変申し訳ない。あの火災がもし人為的なものであった場合、水路を越えて隣接する上流階級住宅街や正規軍人の家族居住地域に放火行為が拡大する恐れがあります。当面はそのための警戒と、火災の鎮火に向けて全力を注がねばなりません』
『なんということだ』
南東の自然公園の隣接地域には、権力者の集まる上流階級居住地域と、軍関係者の家族が住んでいる正規軍関係者居住地域が存在している。決して無視できる存在ではない。
今回の黒鎖制圧行動作戦において、正規軍との連携は極めて重要な要素を持つ。それがいきなり出鼻でくじかれたことになる。アークは尋ねた。
『襲撃者はこの状況を狙ったのだろうか?』
『わかりません。ですが可能性は否定いたしません。念のため、近隣の駐屯基地に支援を要請しています。オルレアの総司令本部にも支援要請を行いました。増援が来ればそのぶんの余力を対黒鎖戦闘行動に回すことが可能になるはずです。それまで何としても持ちこたえてください』
その言葉の裏側に正規軍人としての求められる役割と市民防衛のための力を持った存在としての道義の狭間で揺れているレギオ大佐の心情が浮かんでいるようだった。ならば、アークとしてはこう答えるしかない。
『了解いたしました。こちらは任せください』
『大変申し訳ございません』
『いえ、今後何かあればすぐにお知らせください。今回の合同作戦の総指揮をとっているシュウ女史とエルスト特級にも報告しておきます』
『よろしくお願いいたします』
『それでは』
レギオ大佐からの念話は途絶えた。
だがそこで立ち止まる余裕はアークには無い。即座に周囲の人間に大声で叫んだ。
「最大級の警戒態勢だ! 大至急全自警団隊員に緊急招集!」
「非番部隊にもですか?」
「当たり前だ! 正規軍がすぐにはあてにならない以上、我々でなんとかするしかない! それに敵が次にどんな手を打ってくるか想像もできん! ならば今現在の我々で出来うる限りのことをするしかない! 非戦闘要員にも武器を配布しろ! あらゆる可能性を考慮して準備開始だ!」
その声が自警団の総本部に響いた時、全員が一斉に立ち上がり敬礼で返した。
「了解!」
「直ちに行動開始します」
「緊急連絡網伝達急げ!」
「装備確認! 非戦闘員用の予備武装を搬出!」
「厩舎の待機馬の出動準備!」
アークのかけた号令とともに全ての人間が一斉に動き出した。
そしてその時、新たに念話通信が飛び込んできた。
「総隊長! 念話通信中継します!」
「繋げ」
「了解」
アークに対してまた新たに念話が届いた。







