夜戦争Ⅵ 知られざる建国の記憶
「どういうことすか?」
「この塔はそもそも本来がトルネデアスではなく、東のフィッサール連邦からの軍勢を見張るために設けられた見張り台なんだよ」
「東の同盟国をですか?」
「そうだ。今は同盟国だが、かつては旧支配国だからな」
「そうなんですか? 俺はてっきり西のトルネデアス帝国だけと争ってるとばっかり思ってました」
「そうか今の若い奴らの認識はそうなんだな。まぁ、今の学校では独立以前のフィッサールの連中との忌まわしい記憶はあまり積極的に教えないって言うからな。今や最も仲の良い同盟国だしな。いい機会だ暇つぶしで聞いておけ」
「はい」
そしてその中年の上司の軍人男性は、新人である兵卒の若者に語り始めた。
「そもそも600年前の祖国喪失は、トルネデアスだけが原因ではないんだ。西から最大の敵対国であったトルネデアスが侵攻してきて、戦線は膠着していた。しかしそこに600年前の当時、不可侵条約を結んでいた旧フィッサール帝国が条約を破棄して山を越えてなだれ込んできたんだ」
「東からも、侵略行為があったんですか?」
「ああ、当時のフィッサールは世界最大の規模を持つ軍事国家だったからな、当時の皇帝が不可侵条約の破棄を行うタイミングを常に見計らっていたと言うのが1つの定説になりつつある。いずれにせよ、東と西の左右から挟撃される形となり、旧フェンデリオル王国は戦線を維持することができなくなり戦争に敗北、国土を失い悲劇の民族に成り果てたんだ」
新人の若者は真剣な表情でその話を聞いていた。
「つまり昔のフィッサールが裏切ったというわけですね?」
「ということになる。しかしそれから320年後、巨大なフィッサール帝国が崩壊し、4つの国が並び立つフィッサール連邦国家が誕生して、拡大路線から経済発展を重視する平和主義へと移行することとなった。当然、フェンデリオル民族に対する扱いも変わった。支配領域を当時のフェンデリオル市民軍に返還するとその独立闘争を支援してきた。異民族を支配するのが負担になって放棄したという考えもある。だがいずれにせよ、この時のフィッサールの行動が独立戦争の流れを大きく変えるきっかけになった。
独立闘争は安定期に入り、暫定民族政府が成立。最終的に独立戦争に勝利して我がフェンデリオルは再独立を果たすことに成功したというわけだ」
「なるほど」
「しかしだ、トルネデアスほどではないものの、当時のフィッサールによる支配もかなり厳しいものだったらしい。それに加え国家の独立主権を失う結果の1つがあの国境を越えてきたフィッサール侵略軍だということは紛れもない事実だ。それに対する〝戒め〟として、この軍事見張り台は名目上は独立記念塔として存続することになった」
そこまで話した時、新人の彼は何かに気付いたようだ。
「そうか、だから東を向いて常に国境を見張っているわけですね? 600年前のあの惨劇が再び起こらないようにと願いを込めて」
「そういうことだ。当然、独立記念公園の中に存在する見晴らしの塔だからな、世間の注目を浴びることになる。
たとえ見張り役の1兵卒だったとしても、この見張り台の常設警備役に選ばれることは非常に名誉なことなんだ。だからお前もふてくされたり手を抜かずにしっかりと任務をこなせよ」
「はい!」
そう、この独立記念塔はれっきとした軍事施設の一部なのだ。
そして2名による〝東〟の監視が再開された。フィッサールの侵略が東の山を越えて再発しないように
しかし確実に異変は起きつつあった。彼らの気づかないところで魔の手は動き出そうとしていた。
上官は着衣の懐から懐中時計を取り出した。月の無い夜に蛍光塗料の塗られた懐中時計が時間を示す。
「10時過ぎか、次の交代要員まであと少しだな」
「はい。確か、3時間毎でしたね」
「ああ、時間が来れば下の待機所で休息が取れるぞ」
「よかったです」
新兵がほっとした表情を浮かべた時だった。
――ターンッ!――
鋭く甲高い音が鳴り響く。火薬を焚いたような破裂音は明らかに小銃による狙撃の銃声だった。







