奪回行動・非常戦闘Ⅲ ―プロア、その炎の魔神の裁き―
自らが討ち取った3人の死に様を確かめつつ、ドルスは視線の端にプロアを負う一人を捉えた。
「プロア!」
その声に触発されて振り向くプロアだったが、彼もひたすら冷静だった。
「ここに居て動かないで」
保護した母子を木の幹の片隅に隠れるように促すと、プロアは腰に下げたホルスターから一振りのナイフを取り出した。
赤い彩りのブレードから鈍いオレンジ色の輝きを発している。
「精術駆動」
小さく呟き敵に向けて一気に駆け出す。その時、プロアが構えた武器が一振りの小さなナイフだったことに侮ったのだろう、敵は余裕を持って牙剣を大きく振りかぶった。
だが、プロアは冷静なままだった。足音を潜めて低い姿勢のまま一気に駆け出すと敵の懐めがけて飛び込むようにしてナイフを敵の脇腹へと突き立てる。
ナイフはそれほど深くは刺さなかった。即座に引き抜き後ろへと強くステップを踏んで距離を取る。そして焦ることなくゆうゆうと立ち、その背中に拉致と言う恐ろしい目にあった哀れな母子を守った。
プロアは精術の名称を口にする。
「精術、罪過の炎」
襲ってきた敵は思わず恐れを抱いた表情を浮かべた。だが、時はもうすでに手遅れだ。
――ゴオッ!――
恐ろしい音を立てて男の脇腹の傷口から炎が吹き出す。それは瞬く間に男の全身に広がる。それはまさに人間松明、遠く離れていてもよくわかるほどに鮮やかだった。のたうち回る余裕もなくなすすべなく立ち尽くすだけだった。
男は立ちすくんだまま燃え尽きるまでそのままでいた。まさに恐るべきほどの炎の威力だった。
【銘:イフリートの牙】
【系統:火精系】
【形態:小型のナイフのような形状をした精術武具、大きさこそ小さいが炎の出力は最強クラス。ほんの少しかすっただけで傷口を炎に変換することも可能。火精系最強と呼ばれるのは伊達ではない】
プロアはその背中に母子をかばいながら彼女たちに対して告げた。
「奥さん。その娘さん絶対に離すなよ」
「は、はい」
母親は娘をその胸の中にしっかりと抱いていた。プロアはその理由を口にした。
「子供には見せちゃいけないものが目の前にあるんでな」
そしてそのまま、人間松明と化した哀れな男が燃え尽きて崩れるまでプロアはその場に控えていたのだった。
一方で、遅れて駆け付けたカークたちはそれぞれに制圧戦闘を開始していた。
4人居並ぶ男たちが引き抜いて構えていた牙剣は全く同じ意匠の物だ。4人の中の1人が聖句を吐き出す。
「精術駆動、鬼火の演舞!」
さらに残り3人が続く。
「精術! 同調!」
それらの詠唱の後にその4振りの牙剣は刃峰から炎を吹き上げ始めた。外見的に見てもこの上ない威圧感をまとっている。炎の勢いも均一であり優劣は見られない。いずれもが有能な使い手のように見えた、
だが、その精術武具の正体を知っていた者がいる。精術武具の地下オークションエージェントもしていたことのあるプロアだ。
「あれは? 〝カークスの腕〟!」
そのつぶやきにドルスが問う。
「知ってるのか?」
「あぁ、行方不明になっていた軍用の精術武具だ。精術適正に優劣があっても全体で連動させることで性能を均一化できる事を目的としている。つまりは下手なやつが混じってても人数全員で性能を引き上げられるってわけだ」
「なるほど、それは軍用向きだな」
「あぁ、総数120本作られたが、そのうち2割ほどが失われている」
「それがアレか」
「あぁ、連中が隠匿しているらしいな」
それらの会話の間にもカークたちの拉致犯残り4人との戦いは始まっていた。
【銘:カークスの腕】
【系統:火精系】
【形態:標準的な片手用大型牙剣の外見をした精術武具で刀剣としての機能はもちろん、刃峰の部分から炎を吹き上げる。最大の特徴は複数同時使用が原則で、使用中の全体で同調を図ることで、精術適性が劣る使用者でも最大値の威力を発揮可能であるという点。軍隊の歩兵での使用を想定していた】
拉致犯の残り4人は一斉にカークたちに襲いかかっていた。それぞれが1人1人に1対1でカークたちを潰しにかかったのだ。
敵を排除するというよりも退路を確保する手段の1つなのか、もうすでに退路はないと諦めて一矢報いようとしているだけなのか、彼らの本意は容易には分からない。
ただ、素直に負けを認めるような潔い連中ではないということだけは間違いなかった。
 







