ルスト、万魔殿にたどり着く
フェンデリオル中央首都オルレア、
7重の円環道路に囲まれたその都市の中心部、そこは人々から中央市街区と呼ばれていた。
宗教行事や国家行事を営むための施設が立ち並んでいる場所であり、政治や権力の中心地でもある。そして我が国を代表するような荘厳な建物や施設の数々が軒を並べていた。
重要な地方領の領主拝命式なども行われる『精霊崇参大聖堂』
この国の国教であるフェンデリオル聖教の中枢である『大主教宮殿』
フェンデリオル聖教の修道士たちが管理する『精霊大庭園』
大聖堂の付属大学や病院施設や女子修道院
長年の戦争における戦死者たちの魂を弔う『無名戦士鎮魂の聖堂』
250年前のフェンデリオル国の独立を祝した『独立記念公園』
国家運営に必要な様々な行政組織が集まっている『中央官庁舎郡』
そして、この国の最高意思決定機関であり国家権力の頂点でもある〝賢人議会〟が設けられている『国政議事堂』
これらが連なって威容を放っていた。それこそはこの国のシンボルと言える建築群だった。
今、夜の街路を1台の正規軍御用馬車がひた走っていた。その中に収まっている私をいずこかへと迎えるためだ。
乗っている人員は総勢4名、馭者席に2名、車内には総司令部参謀本部相談役であるユーダイム上級大将付属の部下が1名付き従っていた。これに私を加える。
黒塗りの馬車は滑るように国政議事堂の正面入り口へとたどり着く。複数の衛兵が警護するその場所で馬車は停められた。
正副二人の馭者の片方の副馭者が馬車から降りて馬車のタラップと扉を開いていく。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
かけられた声のままに私は馬車から降りていく。
すると議事堂の公式職員が私に用件を尋ねてきた。
「国家正規軍の方とお見受け致します。ご芳名とご用件を賜りいただけますでしょうか?」
現れた燕尾服姿の職員に対して私に成り代わり、ユーダイムお爺様の側近部下の方が名乗り出てくれた。
「こちらに控える方は、国家正規軍所属・職業傭兵軍外郭特殊部隊イリーザ隊長、エルスト・ターナー様でらっしゃいます。
正規軍中央参謀本部後見相談役、ユーダイム・フォン・モーデンハイム上級大将からの呼び出しに応じてこちらに馳せ参じいたしました」
「ご芳名を賜り誠に感謝の至りに存じます。それではユーダイム上級大将のもとにご案内申し上げます」
「そのように願いたい」
「承知いたしました」
職員は同意の意思を示すと恭しく頭を垂れた。そして姿勢を正すとこう述べた。
「それではただいま控えの間にご案内申し上げます」
儀礼的な作法に則った懇切丁寧な言い回しで職員は語り返す。
「恐縮です」
「ではこちらへ」
私とユーダイムお爺様の側近の方は、議事堂職員の先導を受けて案内されて行く。万魔殿とも伏魔殿とも呼び称される国政議事堂へと足を踏み入れて行ったのだった。
国家最高権力機関〝賢人議会〟がある国政議事堂の建物は、世の人々からは【万魔殿】と呼び称されている。
理由は明白で、権力を志向する人々が日々策謀を巡らせている場所だからだ。
――その場において迂闊なことを語ってはならぬ。迂闊なその一言が命を失うきっかけとなる――
賢人議会という場についてまことしやかに語られる言葉だ。
そんな賢人議会が収まっている国政議事堂の建物は、議会が行われる〝中央大会議堂〟と、議員たちが控える〝賢人会館宮〟とに分けることができる。
つまり会議をする場と、議員たちが控えて身を休める場だ。私が向かおうとしているのは賢人会館宮の方だった。
その議員会館宮には、賢人議会の議員たちが集まる場所が設けられている。〝議員サロン〟と言う場所だ。
丸テーブルと革張りの大きなソファーが数多く並んでいる。その座る場所ははその派閥や勢力などによって分かれており、利害の噛み合わない者は決して同じテーブルの席には座らないとまで言われている。
広い空間の中のテーブルのひとつに座している集団がある。その人の顔と姿はこの国に住む人間ならば知っていて当然だった。







