ルスト、プロアと隠れ家で落ち合う
正規軍の御用馬車は黒い仕立てになっており簡素ながら質実剛健な風格がある。
馬も頑強であり、馬車の作りもしっかりしている。当然ながら軍本部の相談役の関係者の見送り送迎ということで、馭者役を務めているのは近衛部隊の隊員の方となる。安心できるが少々恐縮してしまう。軍本部を離れて、商業地区の片隅の私の隠れ家に近くに向かってもらったが、ただ邸宅の前までは送ってもらわなかった。表通りから少し脇に入った場所で降ろしてもらった。
「よろしいのですか?」
近衛部隊の方が心配してくれるが、私はこう答えた。
「防諜部の任務もしているので住処の場所は隠しておかなければなりません」
「なるほど、了解いたしました。それではこれにて」
「ご苦労さまです」
私の事情を察したのか、彼はそれ以上食い下がらず、速やかに帰って行った。
そこから人目を避けるようにして歩いて隠れ家にたどり着く。すると、私の邸宅の前に人影がある。
「あら?」
「よう」
そこに立っていたのはプロアだった。
「お疲れ様! もう帰ってきたの!?」
「ああ、全員分配り終えてきた。向こう側の進捗状況も掴んできてる」
「そう! 本当にお疲れ様! 早速中に入ってゆっくり休みましょう」
「ああ」
そう言いながら私は隠れ家の中へと入った。だが違和感に気づいた。中にいるはずの人の気配がないのだ。
「あら? ドルスとダルムさんは?」
「ああ、すまない言い忘れてた。あの2人ならすでにイベルタルに向けて出発した。他の連中と連携して先行してケンツ博士の妻子の発見と保護を優先するそうだ」
「そうなんだ。あ、そうだ!」
あのブレスレットを全員分配布し終えてるということは直接連絡を取ることができるはずだ。ガリレオさんから教えてもらっていた操作方法を用いて個別念話をする。通話をする相手はドルスだ。
発信シグナルのレスポンスの後に少しおいて向こうの方から反応が返ってきた。
『俺だ。ドルスだ』
『こちらルスト、こちらの声聞こえる?』
『ああ、感度良好だ、非常に良くクリアに聞こえる』
この感じだと念話に適性のない人間でもこのブレスレットの装置では念話が可能になるようだ。
『よかった。あなたでもうまく念話が可能になるなら他の人も無事に使えそうね』
『そういうことだな。と、それよりそっちを勝手に離れてすまねえ。じっと待つよりケンツ博士関連の事を進めたほうがいいと思ってな』
私は彼のその判断を否定しなかった。
『ありがとう助かるわ。ダルムさんも一緒なんでしょう?』
『ああ、爺さんは念話の中継をしてくれていたリサのところに合流する予定だ。俺がカークの旦那たちの方に合流することになる』
『了解それでいいわ。何かあったらいつでも知らせてちょうだ』
『了解、それじゃ!』
そう言葉を交わして念話は終了した。
「ガリレオさんからもらったこのブレスレットの装置はうまく作動しているようね。ドルスはカークさんと合流、ダルムさんはリサさんのところに合流するそうよ」
「そうか。それで俺たちはこれからどうする?」
「とりあえず一晩休んで、明日の日の出前にチャーター便でイベルタルに向かうわ」
「わかった。それじゃあ飯にしようか」
「ええ、そうね。今何か作るから待ってて」
そう言おうとしたらプロアは意外なことを口にした。
「ああ、今日くらいは俺に任せろ。さっき食材を買ってきたんで夕食は俺が作る」
「えっ? いいの?」
それ以前に彼に料理が作れるという事自体が驚きだったのだが。
「前に言ったろ? ある女性のところで侍従役を勤めていた時に必要なことはみんな叩き込まれたって」
「そうか、そうだったわね。それじゃあ夕食の準備お願いね。私はお風呂を準備するから」
こうして私たちはそれぞれにやることを決めて準備を始めた。
ロングコートとボレロ・ジャケットを脱いで、シャツ姿になり、地下階に降りて湯沸かしのボイラを操作してお湯を貯める。石鹸やタオルなどを用意し、お湯が溜まるまでの間で寝室の準備をする。
自分の寝室とゲストルーム、それぞれのベッドを整えて部屋を片付ける。ゲストルームでベッドメイクを終えると寝間着としてのナイトガウンを用意する。
「これでよしと」
再び地下階に降りてお風呂に溜めたお湯を止めて準備を終える。
2階のリビングに戻る頃にはプロアも夕食の準備を終えていた。







