千年思考のガリレオ、現る
私たちの言葉と同時に周囲の木々の一部が消え去り、そこに建物の正面入口が改めて姿を現したのだ。正面入口玄関から現れたのは白いキャソック姿のガリレオさんだった。自分自身のアトリエの中ではこの装いなのだ。
「やぁ、よく来たね」
「お忙しいところ失礼いたします」
「いや、僕よりも君たちのほうが忙しいはずだよ。余分な気遣いは省こう。中で話を聞こう」
「恐縮です」
効率最優先の考え方を持つ彼は、本来は余分な社交辞令を好まない。その事を知っている私は彼の意見に同意した。対して同行していたプロアは戸惑いつつも私に同行して沈黙を貫いている。余計な言葉を口にしないほうが得策だと悟ったのだろう。
正面入口を入りエントランスを抜けて、彼同様に白いキャソックを身に着けた職員たちととおりすがりながら、彼の仕事場である研究アトリエへとたどり着いた。そしてそこはまさに〝科学の殿堂〟と呼ぶにふさわしい場所だったのだ。
中に入るなりガリレオさんは告げる。
「はいりたまえ、さっそく本題に入ろうじゃないか」
「はい」
彼に招かれて千年思考の傑物のアトリエへと私たちは足を踏み入れた。
彼自身が普段の研究活動で用いているあなたのデスクが据えられていて、この他にも、研究活動のための資料や書類が詰められたガラス扉の棚が壁一面に並んでいる。部屋の中央には丸テーブルとその周囲に椅子が数脚に並んでいる。
この他にも彼の研究成果らしい怪しげな機械が部屋の片隅に所狭しと並んでいる。ここは彼の執務室であると同時に、対外的な応接対応の場でもあるのだ。
彼は丸テーブルの周囲の席の1つに腰を下ろすと私たちにも席を勧めた。私たちの会話は始まった。
「それでケンツ博士の件はどういう決着になったんだい?」
説明しづらいものがあるが伝えないわけにはいくまい。私は口を開けた。
「残念ながら、軍警察の国家公安部門に逮捕拘束という結果になりました。国家機密である精術技術錬成物質である〝シルバーケーキ〟を2度にわたり持ち出していたことが判明しました」
ガリレオさんは無言のまま真剣な表情で私の言葉を聞いた。
「1度微量な分量を持ち出して脅迫者に渡したそうですが、脅迫者は当然これに満足せず追い詰められて――」
「2度目を手を出してしまったというわけだ」
「はい。その現場を私たちに抑えられてしまったというわけです」
それらの言葉を耳にして思案していたガリレオさんだったがさらに私に訊ねてくる。
「それで博士は,どうなるんだね?」
「わかりません。特別に恩赦がくだればある程度の監視付きで研究活動に復帰する事は不可能ではないと思います」
しかしこの言葉は逆を言えば特別な恩赦でも出ない限り、ある程度の処罰は避けられないという意味でもある。ガリレオさんも私の言葉の裏の意味を即座に理解してくれていた。
苦虫を潰したような表情していたが大きくため息をついた。
「非常に残念だ。彼ほどの製鉄技術を持っているのなら私の下で研究活動に協力してもらいたかった」
裏表のない科学研究の追求者であるガリレオさんはお互いの利害関係さえ都合がつくのであればたとえ対立している立場の人間に対しても協力を申し出る事は全くの苦にならない。
「たとえ彼が平和主義の狂信者だったとしても私は構わなかった。彼がドーンフラウ大学にいるからと心のどこかで安心していた。必要があればこちらから出向けばなんとかなると」
そこに私はあえて指摘する。
「ですがその間にも彼をめぐる状況は悪化の一歩を辿っていた」
「その通りだ。研究に夢中になると人付き合いを後回しにするのが私の悪い点でね。今回ほど自分から積極的に動くべきだったと後悔したことはない」
彼にとってたとえ信念や理念が対立していたとしてもその人が優れた実力を持つ人物であるなら掛け値なしに認める。ガリレオさんはそういう人柄の人物なのだ。そんな彼に私はある提案をした。
「ですが現状、彼を救うと方法が有るとすればこの方法しかありません」
「その方法とは?」
「国外に流出したシルバーケーキを確実に回収し、北の同盟国ヘルンハイトに巣食ったトルネデアス帝国のエージェント組織を摘発し壊滅させることです。そうすることでケンツ博士が起こした過ちはある程度帳消しにできるでしょう」
「なるほど、それも一理あるな」
私の説明に彼は頷いてくれていた。今こそ私はここに来た本当の理由を彼へと説明する。
「そこでガリレオさんにお願いしたい装備があるんです」
「装備?」
私の提案の言葉に彼の表情が変わる。彼はどこまで行っても技術者だ、科学の使徒だ。作って欲しいものが有ると言われればその方が気持ちが動くに決まっているのだ。







