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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第9話:ドーンフラウ大学にて ―ハリアー教授とケンツ博士―
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ケンツ・ジムワース、自白する

 私は彼にさらに問いかける。


「どのような形で接触してきたのですか?」

「初めは借入金の取り立てという形であの黒い組織の息のかかった人間が入れ替わり立ち代わりやって来た。それをなんとかかわしていたのだが、ある日突然私の邸宅の使用人の1人が姿を消した。そして翌日送りつけられたのは〝成人男性の小指〟だった」


 これに私は思わず驚いていた。やり方が潜伏者にさせられたネフェルの時と同じだったからだ。


「娘の生命の危険も感じていた私は、それを見て逆らえないと思いこんでしまった。今にして思えばその際に、すぐにこの国の警察に駆け込むべきだった。私はつまらない見栄を張ってしまったのだ」


 そしてさらに重要な情報がもたらされる。


「私が信念を曲げてまでこの国にやってきた理由がある」

「信念を曲げる理由?」


 ケンツ博士は滔々と語り始めた。


「ヘルンハイトの学術研究者の活動環境は過去最悪の状況にある」

「えっ? どういうことですか?」

「権力者の介入、予算の強引な打ち切り、研究成果の持ち出し、数え上げればキリがない。あの国の貴族階級の連中は暴走状態にある」


 そこまで告白して若さは自らの頭を抱えて机に前のめりに倒れ込んだ。


「科学立国を誇りにしていた我が祖国の姿はもうどこにもない! 研究活動を諦めて生活の維持だけを求めるか、新天地を求めるか、今ヘルンハイトの科学者の誰もがその残酷な二者択一を迫られているのだ」


 ヘルンハイトが異常な状態にあるというのは知っていたが事実は私の想像を超えていた。


「私とて、出来うるならばこの国に来たくはなかった! この国では軍部に関わらずに研究を続けることは不可能だからだ!」

「それは当然のことです。この国は今なお戦争をしているのですから」

「分かっている! 分かっているとも!

 無論この国が常に臨戦態勢にあり、挙国一致で戦わねばならないと言う国情は理解している。しかし、世の中に多大な影響を与える科学というものを扱う者として、科学者自らが軍隊に近い場所に立つというのは心情としてどうしても受け入れられんのだ!」


 科学というものが持つ〝危険性〟――ケンツ博士はそれを強く認識していた。だからこそ軍隊と関わることを長年にわたり拒否してきたのだ。それはもはや、ある種の宗教に近い。


「この国に身を寄せる者としてあってはならない信念だとは理解している。現実から目を背けて中途半端に自分の信念に逃げ込んできたからこそ、この国の軍部に助けを求めることができなかった。

 私を受け入れてくれたこの国を裏切るような信念を捨てきれずにいたからこそ、妻と娘を巻き込んでしまったのだ。もっと早く現実を受け入れて、この国に骨をうずめる覚悟をすればよかった。悔やんでも悔やみきれん」


 この国の軍隊との共存と言う一つの現実から、目を背け続けてきたからこそ今回の過ちが引き起こされたことを彼は深く理解していた。私は博士に告げる。


「現在、博士の奥様と娘さんは私の部下がその所在を追跡しております。必ず保護いたしますのでご安心ください」

「ほ、本当か?」

「はい。お約束いたします。奥様とご息女にはなんの咎も無いのですから。ですが――」


 だが私は口調を変えて真剣な表情で説明する。


「博士ご自身の身柄については当面の間、正規軍の監視を受けることになります。博士ご自身に対する疑義が晴れたと判断されるまでの間は、すべての行動に制限が課されることはご承知おきください。その代わり経歴に傷がつくような法的な処罰は可能な限り回避されます。奥様と娘さんに関しても中央首都で安全に暮らしていただきます」

「申し訳ない、だが――」


 ケンツ博士は全面的に謝罪の意思を示してくれた。だが、今の彼から帰ってきた言葉は絶望的なものだった。


「私の極刑は避けられんだろうな」

「それはなぜですか?」


 重い口を開くケンツ博士は開いた。


「〝シルバーケーキ〟を持ち出したのは2度目だ」

「なんですって?!」


 尋問の場が驚愕の事実に襲われる。誰もがその表情を固くこわばらせていた。


「大学警備部の管理が甘いことに気づいた私は今回と同じ方法で国家機密資材を持ち出した。勤務態度が甘い1人の警備員に狙いを定めて睡眠薬を飲み物に盛った。そして眠っている間に合鍵を持ち出して事に及んだ。1度だけ言うことを聞けば開放される――その口約束を真に受けて信じたのだ。だが開放はされなかった」

「当然です。弱いやつは徹底的にしゃぶり尽くす。それが闇社会裏社会の常識ですから」


 私のその言葉に何度も頷いていたのが印象的だった。


「これを渡してしまえば大変なことになる。それは理解していた私は小指の先よりも小さいほんの微妙なシルバーケーキを渡した。分析されない微量を計算して相手に渡したのだ。

 だが彼らは1度目の持ち出し分量で満足しなかった。もっと大きい量をと要求してきた。わたしが渋ると、私の妻子を連れ去り軟禁した。もう拒否はできなかった」

「その持ち出されたシルバーケーキは?」

「ヘルンハイトだ。私を脅してきた連中の拠点は向こうにある。彼らが以前『フェンデリオルから直接持ち出す事は出来ない、北を経由しよう』と漏らしていたのを聞いたことがある」

「本当ですね?」

「本当だ。紛れもない真実だ」


 状況は取り返しのつかないところまで来ていた。事がここに至れば、ヘルンハイトに乗り込んで事態解決に動くより他はないだろう。私は覚悟を決めた。


「ケンツ博士、私からの質問は終了です。当面の間、この施設の独房にて身柄を拘束させていただきます。その間にあなたの妻子の安全確保を行わせていただきます。ですが、あなたに対する処分決定に直接介入する権利は私には無い事をご理解ください」


 そこから少しの間沈黙すると博士は、


「わかった」


 とだけ答えてくれた。


「それでは失礼いたします」


 私は立ち上がると尋問室を後にする。彼はいつまでもうなだれていた。その背中に後悔の念が滲み出ていた。取り返しのつかない過ちへの後悔、その悲嘆にくれる姿は何度見てもやるせないと感じざるを得ない。

 私は大きくため息をついて、ひとまず軍警察を後にしたのだった


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