英雄たち、討論始まる
だがそこに、それまで場の流れを客観視していたプロアが質問をする。
「つまり、ケンツ博士は政治的闘争に巻き込まれて排除されてしまったというわけですか?」
「それが一番妥当だと思いますよ。政治上の対立というのは人としてのモラルを踏みにじるような決断すら行いますから」
私は彼の言葉を分かりやすく要約した。
「つまりあの国では、国家元首が国の方針を1つにまとめきれていないというわけですね?」
「おそらくそうだと思います。ヘルンハイトの現国家元首はイェッツト・ヘルト・ヒューゲル2世公、政治的知見に優れた名君として名高い人物ですが、彼の革新的な行動がヘルンハイトの上流階級である貴族層保守派に煙たがられているという噂もあります。それに対して新規に貴族身分となった貴族層革新派とヒューゲル2世公が手を結んで、国家権力の構図を書き換えようとしているのかもしれません」
だがそこに軍師であるハンニバルさんが意見をぶつけてきた。
「だがそうなるとケンツ博士が国を追い出された理由と噛み合わなくなるぞ? ヘルンハイトの軍事力増強が急務であるならば国の頭脳ともいえる人物をそうそう簡単に追い出していいはずがない」
科学や学問に明るいガリレオさんが語る。
「たしかそのケンツって人、ドーンフラウ大学に移籍していて、専門は製鉄工学だったはずだよ。軍事に鉄の技術は欠かせない。そういう人物を追い出すような必要あるかな? 僕だったら経済的支援を上乗せしてでも国に縛り付けるけどね」
それに対して私は言う。
「ケンツ博士は筋金入りの平和主義者で軍事に絶対に関わらないと名言しているそうですが?」
だがガリレオさんは顔を左右に振った。
「国家権力をなめてはいけないよ。金で懐柔しつつ軍事力や警察力で軟禁して脅しをかける。君主制を採用しているヘルンハイトなら、国家元首がそれくらいの力を行使するのは決して珍しい話じゃない。基本、議会制で動いているフェンデリオルですら、国の権力者が個人を踏みにじるのは難しいことじゃない。それはルスト君、君ならよく分かるはずだ」
私はその言葉に自分の胸を掴まれた思いがした。
私の父は権力者だった。家族を、国民を、様々な人々を踏みにじり富と権力に妄執した悪人だった。それですら国のトップではないのだ。あの人が国のトップに成り上がりその権力を行使したら果たしてどうなるか? 想像するだけでも背筋に冷たいものが走った。
ガリレオさんの言葉が続いた。
「国のトップが何が何でもその学者を軍に加担させようと言うのであれば、その家族に刃物を向けてでも協力を強要するだろうさ。にもかかわらず国の外に追い出した。つまりヒューゲル2世公はケンツ博士を軍事力の強化に必要としていない。言い換えればヒューゲル2世公は国家の軍事力を重要視していないということになるのさ」
「そんなまさか――」
私は思わず驚きの声を漏らした。
「国家元首が国の軍事力を弱体化しようとしているというのですか?」
「今ある情報を組み合わせるとそうとしか考えられないね」
アルデバランさんが頷いていた。
「決して突飛な考えとは言えんな。ここまで来るとこの国としても見過ごすわけにはいかなくなってくるな。いずれこの国の中枢部の連中も決断を下さなければならなくなるだろうな」
そしてそこにハンニバルさんが言った。
「越境しての国家介入ですな。場合によっては現政権を打倒して権力構造を書き換える必要があるでしょうな」
私はそれに同意した。
「私も、その可能性があると思っています」
それはある意味、恐ろしく難易度の高い任務が課せられる可能性があることを示唆していた。
そこにドリアンさんが別な疑問を口にする。
「そちらも重要だけど私としてはそのケンツ博士って人物が今この国で何をしているかが気になるわね。ルストさん、その人、ドーンフラウで爪弾きに遭ってない?」
「はい、おっしゃる通りです。我が国の実状に合わない平和主義にしがみついて行く先々で騒動を起こしています。先日、ドーンフラウ大学の総長が辞任をしましたがその時の原因にもなっているんです」
「やっぱり――、筋金入りの平和主義者って言うから嫌な予感がしていたんだよ。それにその人は今どこに?」
「イベルタルで経済的支援をしてくれる支援者を募っていましたが、ことごとく失敗。今はオルレアに戻ってきているそうです。私の部下がその足取りを追っています」
そこまで話したところで私は今回の訪問の確信を口にした。
「そこで改めて、皆さんのお知恵を拝借したいのですが、お聞きしてよろしいでしょうか?」
ガリレオさんが真剣な表情で答えてくれる。
「なんなりと。そのためにこのサロンの集まりがあるのだからね」
彼のその言葉にみんなが頷いていたのが印象的だった。
「ありがとうございます。私が疑問に思っているのは――
ケンツ博士はオルレアで何をしようとしているのか? と言うことなんです」







