謎の邸宅施設と正体不明の声
2人で入り口玄関へと向かう。すると正面入り口の左右に二人の門番が控えている。革製のロングコートにツバ付きの制帽姿の彼らは明らかに軍人ではなかった。かと言って民間の専門職の警備員という訳でもなさそうだ。
戸惑うプロアを連れて建物に近づいていく私たちに門番たちは声をかけてきた。
「エルスト・ターナーさまでいらっしゃいますね?」
「任務ご苦労様です」
私は自らを律しながら彼らに答える。
「いかにも。私がエルスト・ターナーです」
私が名前を名乗れば彼らは答える。
「ありがとうございます。お付きの方は」
「私の部下でイリーザの隊員、ルプロア・バーカックです。彼の身分と立場を私が保証します」
「結構です。それでは中へ」
「ご配慮ありがとうございます」
私がやり取りする間、プロアは終始無言だった。とても正しい判断だ。
「どうぞこちらに」
二人が正面玄関の両開きの扉を開けてくれた。そしてその向こうにあるのは広いエントランス。しかしそこは無人だった。当然ながら迎えの職員の姿すらない。その時だ。
「えっ?」
戸惑いの声をプロアが漏らした。
『聞こえる?』
それは念話装置を介した通信の声だ。でも私は手持ちの念話装置を作動させていない。この声は私たちの脳裏と認識にダイレクトに飛び込んできている。
「誰だ?」
突然の出来事にプロアは思わず驚いていた。いや、念話装置の極めて高度な使い手であるなら念話装置を持たない相手にも念話を成立させることができると言う原則を、その時の彼は忘れていた。
しかし、それほどまでに強力でとてもクリアな声だったのだ。
声の主は言う。
『そんなに驚かないでください。何もあなたを捕まえようというわけではないのですから。まずはそのまま前に進んで建物の中央にある螺旋階段を登ってきてください。この建物の3階でお待ちしています』
「は、はい」
そう語り終えると声は止んだ。
「大丈夫よ。何も取って捕まえようってわけじゃないから」
「それはそうだろうけど。なんだか少しおかしいぞここ、先ほどの幻の石塀と言い」
「色々と聞いてみたい気持ちはわかるわ。私は一番最初にここに来た時に驚きっぱなしだったから。でもここはこれだけの現象を実現可能にする存在が居る場所なの」
「なんだって?」
「詳しいことはまた後で説明するわ」
「ああ」
状況を飲み込みきれないままのプロアを引き連れて階段を上へ上へと登る。大きめに作られた螺旋階段は真ん中が吹き抜けになっている。ぐるぐると目が回るような錯覚を覚えながら私たちは3階へとたどり着いた。
螺旋階段は慣れないと方向感覚を失いそうになる。自分が向かっている方向を確かめながら私はひとつの分厚い左右開きの扉を見つけた。
「いつもの扉はこれね」
するとそこで再びあの声がした。
『そうよ。中に入ってきてちょうだい』
「承知しました。それと今日は私の仲間が一緒です」
『そのようね。とても楽しみだわ。さ、どうぞ』
「失礼いたします」
その扉にはまたも何も記されてはいない。その扉の向こうから届いてくる念話の声は恐ろしくクリアですぐそばで声をかけられているようにも感じた。ドアノブに手をかけて扉を開く。
――キィッ――
かすかな音が鳴って開いた扉の向こうには意外な二人が立っていた。
そこにいたのは2人の若い男女。それも女性の方は車椅子に乗っていた。
銀色の丸メガネをつけた若い彼が言う。
「ルスト君はもう慣れたものだけど、お隣の彼が初めての来訪者にありがちな反応だね。もう少し迷うかと思ったんだけど、思いのほか落ち着いているのは場数を踏んでるからのようだね」
その傍らで車椅子に身を委ねている痩身の美しい彼女は口を動かさずに自らの言葉を伝えてくる。よく見ればまぶたも閉じたままだ。
『そうね、未知なるものでも眼前のものに対しては正面から向き合い事実を知ろうとする。さすが〝旋風のルストの目〟とあだ名されているだけはあるわ』
プロアは彼らに名前を尋ねようとしたが、先に彼らの方から名乗ってくれた。まずは若い男性の彼のほうからだ。
「驚かせてすまない。僕の名前は〝ガリレオ・ジョクラトル〟そして彼女が――」
『マイノーア・ユスフ・カラムと申します。お見知りおきを』
その名乗りに対してプロアも答えた。
「準1級傭兵を務めさせていただいておりますルプロア・バーカックと申します。2つ名は〝忍び笑いのプロア〟以後お見知りおきを」
その名乗りは紳士然としたもので、彼本来の人柄をそのまま表していると言えた。何より彼はその場その場に応じた空気の読めた立ち振舞いができる。それに加えて意外と口も硬い。だからこそこの場所に来る際に、同行者に彼を選んだのだ。
対して――
メガネ姿の若者〝ガリレオ〟は、いかにも学者然とした服装をしていた。ボタンシャツにズボン、襟元にはクラバット、紺青色のウエストコートと言う出で立ちだった。髪はブラウンでやや癖っ毛。それを丁寧に櫛を入れてバックに流していた。
かたや――
その傍らのマイノーアはいかにもほっそりとしたシルエットで白い素肌に私と同じプラチナブロンドの持ち主だった。純白のシュミーズドレスの上に薄桃色のガウンを纏っている。足が悪いのではなく身体全体の自由がきかないようだった。
その体が軽量の金属製のフレームで作られた車椅子の上に乗せられている。その車椅子の傍でおとなしく控えている小柄な少女がいる。侍女用のエプロンドレスを身につけていることからマイノーアのお付きの侍女であろうということはすぐにわかった。







