二人の親密なふれあいと、謎の袋小路
それでも、プロアはやっぱり一流の紳士だった。
「大丈夫だ」
「プロア」
「何があっても絶対にお前を守る」
「うん」
そして特別、もっと強く私を抱きしめてくれた。
「何があっても俺に言え! お前のためなら暗殺からパシリまでなんでもやってやるよ」
「うん、頼りにしてるね」
1度、体と顔を離すと、今度は正面から顔を向け合い近づけていく。そして、吐息を吐き出すと敏感な粘膜でお互いの体温をじっくりと感じ合う。それは明らかにチークよりもさらにもう1段深い所へと入った愛情の交わし方だった。
それから無言で長い時間が過ぎ、私たちは強く抱きしめ合う。そのあと、お互いの手をつなぎながら体を離すと彼は言ってくれた。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
そして、私と彼とふたり隠れ家を後にする。誰にも見られていないのを確かめて、恐る恐る彼の右手をそっと握ろうとする。
「ルスト」
「えっ」
ひと声かけられてプロアは私の左手をしっかりと握ってくれた。その力が心強かった。
辻馬車を見つけて声をかける。
「軍本部近くまで、正確な場所は向こうに行ってから教えるわ」
「かしこまりました。さ、どうぞお乗りになってください」
馭者の勧めるままに私たちは手を繋いだままブルーム馬車に乗ると、後ろ側の席に並んで座る。そして一路、次の任務へと向かったのだった。
† † †
街中を行き交う辻馬車には色々あるが、大別するとハンサムキャブとブルームに分かれる。
ハンサムキャブは前側が開放されていて馭者席が後部上方にあるものだ。
ブルームは4人乗りタイプの密室箱型馬車、雨風や寒さを気にせず済むのが利点だ。当然、車内の会話を聞かれることもない。
私は彼に言った。
「これから中央軍本部近くのとある施設へと向かいます」
「中央軍本部近く? 軍本部そのものじゃ無いのか?」
「ええ、違います。ですがその場所と詳細に関しては一切他言無用でお願い致します」
私が語るその真剣な言葉にプロアは頷いた。こちらの意図が伝わったようだ。
「分かった、了承した」
「ありがとうね。それじゃ」
馬車は一路、オルレア中央領域をひた走る。その中でも西側の軍関係施設が多いエリアに私たちの馬車はたどり着く。
私は、馭者席に通じる小窓を開けて馭者へと告げた。
「走りながら聞いてください。この道をもう少し行くと道の左側に高山杉の街路樹が3本密集して立てられています。それを過ぎてすぐの路地を左に曲がってください」
窓から外を見ていると道の向こうに私が指定した通りの街路樹があり典道も見える。言われた通りに馭者は馬車を進めて左へと曲がる。そしてそこから少し行くが、見えてきたのは巨大な石塀による行き止まりの袋小路だった。
馭者の彼が戸惑っている。
「あの、行き止まりですが?」
「そのまま進んでください」
「は?」
「大丈夫、問題ありませんから」
驚く彼をなだめすかして私は馬車を走らせた。恐る恐るゆっくりと走る馬車は行き止まりの石塀へと近づく。馭者は覚悟を決めてそのまま進んだ。
すると、石塀はかげろうのように揺らいで、何の問題もなくその先へと進んでいく。そうそれは幻だったのだ。
幻の石塀を突破してその中へと入っていけば、その向こうに待っていたのは巨大な建物とその敷地、さらにその正面入口前の馬車ロータリー広場だ。正面入り口から離れた位置に馬車を止めさせて馬車から降りる。その際に私は馭者に少し多めに金を渡した。
「今、見聞きしたことは一切他言無用で願います」
「は、はい」
「よろしくお願いします。あの〝かげろうの石塀〟を可能にする技術――それほどのものを所有する存在、その影響力は分かりますね?」
少し脅しの言葉に馭者の彼は息を飲んだ。
「わ、分かりました。私も平穏にこの仕事続けていたいので」
「結構です。露地から外に出るときも人通りに注意してください」
「わかりました」
「それではお疲れ様でした」
私は馬車が石塀の向こう側へと姿を消すのを見届けるとプロアに声をかけた。
「行きましょう。ここで会っておきたい重要な人たちがいるの」
「ああ、わかった。もっともここではお前に全部任せておとなしくしておいた方が良いようだな」
「そうしてもらえると助かるわ」
馬車ロータリーの広場を歩いて建物へと近づいていく。
周囲が開けた、かなりの敷地を持つ建物でその周囲は庭園になっている。建物は真四角に近く、候族の邸宅というよりは大学付属の研究所や、軍関連の研究施設を思い起こさせる。あるいはそれらを装った〝秘密の隠れ家〟のようでもある。
「表札も看板もない?」
プロアが疑問の声を漏らす。私は意味ありげに説明した。
「行けばわかるわ。決して怖いところではないから安心して」
彼はそれでもなお、疑問を口にした。
「高級レストハウスか? それとも軍の秘密の施設?」
「斥候役として疑問について掘り下げなければ気が済まないのは分からないでもないけど時には沈黙を守ることも必要よ?」
「ああ、そうだな」
私がたしなめると彼は素直に同意した。







