表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
258/445

冷酷な男と、猫《マオ》の敗北

 さらに(ユアン)が打ち明ける。


「私の手の者からの情報ですと、あの〝旋風のルスト〟が首都オルレアに向けて出立したとの話が入ってまいりました。おそらくは中央首都方面での任務案件を処理するのでしょう。そう簡単には戻ってこれないでしょうから、むしろ今が好機かと」


 それぞれが意見を述べ終えたところで(グァ)はそのナイフを履いているズボンの右脇のフックに放り込むように挿した。


「よし、全員準備を始めろ。こうなったらイベルタルの連中と全面戦争だ。主だった戦闘勢力をことごとく平らげてこの街を完全に俺たちの支配下に置く。歯向かった連中は1人も生かしておくな」


 その言葉に全員が頷いていた。


 (グァ)はサロンのかたすみで無言でたたずんでいたデルファイに問いかけた。


「デルファイ、それであの学者様の様子はどうだ?」


 デルファイは数歩進み出て声を発する。


「はい、女房と娘を人質に取られてこっちの言いなりです。ただ今まであいつ自身の行動に任せていましたが、もはや一刻の猶予もないません。〝最後の手段〟を取らせます。それさえできれば――」

「いいだろう。やり方はお前に任せる。ただし絶対にしくじるなよ」

「もちろんです。必ずや成功させます」


 そう答えてデルファイはふかぶかと頭を下げた。


 (マオ)以外の者たちは、(グァ)に従うように彼の両サイドに立って歩きだそうとする。


「行くぞ」

「御意」


 (グァ)の声に(ヂォン)が従う。他のものたちもある者はうやうやしく頭を垂れ、ある者はチラリと視線を投げかけた。

 しかしその誰もが、今敗北者となった(マオ)には一瞥もくれなかった。

 置き去りにされる。

 捨てられる。

 その直感が(マオ)の中によぎったのだろう。彼女は思わず立ち上がり(グァ)の体にすがりついた。


「お願いです! お慈悲を! 古大人(グァターレン)!」


 それは偽らざる本音、そして心の底からの懇願だった。

 だが――


死三八(スーサンバー)


 それはひどく恐ろしく冷たい声。重く響く声で(グァ)(マオ)に言葉を投げつけた。


「えっ?」


 それは侮辱の言葉〝クソ女〟の意味を持つ。かつてはベッドの上でお互いに愛を囁いたこともあったはずだ。だが今はその欠片すら残っていなかった。

 愕然としてすがりついたその手を思わず手放す。ほんの少し距離が開いた時、(グァ)がその右腰に下げていたあの愛用のナイフを引き抜いて斜めに袈裟斬りに一気に振り抜く。


――ブオッ!――


 それは大きな風切音を立てて、一刃の風の(やいば)を解き放つ。

 そしてそれは、(マオ)の体を真っ向から斜めに通り過ぎる。

 不思議と血は吹き上がらず、彼女の体に異常はない。ただ――


「いやぁっ!」


 (マオ)は思わず自らの体を押さえて立ちすくんだ。(グァ)の放った風の(やいば)(マオ)の身につけていた漢服のドレスを微塵に引き裂いたのだ。

 純白の裸体を露わにさせられて(マオ)は辱められる。しかしそれ以上に(グァ)の拒絶と怒りは続くことになる。


「うるせえんだよ」


 重い罵声と共に(グァ)は右足を蹴り出した。蹴り込んだ先は(マオ)の下腹部だ。破裂するような音がして(マオ)の股間から生暖かいものが流れ出す。


――破水――


 女性の胎内の子宮の中に胎児がいる時、子宮は羊水で満たされる。だが、その羊水を湛える膜が衝撃で破れる時がある。これを破水と言う。


「あ、あ、あ――」


 そこから先は声にならなかった。鳴き声と悲鳴と半狂乱の叫びがサロンの部屋の中にこだまする。

 (マオ)のおなかの中にいた赤子の父親が一体誰なのか? その場にいる者なら誰もが知っていた。


宝宝(バオバオ)――私の、私の――ああぁ! 嫌ぁああ!」


 宝宝(バオバオ)とは、赤ん坊のことだ。

 絶望の絶叫をあげる(マオ)に誰も手を差し伸べない。サロンのその部屋に置き去りにされる。

 それはある意味、殺されるよりも残酷な制裁だった。


「行くぞ」


 (グァ)が発した言葉はそれだけだ。冷酷にそのまま立ち去る。

 ここは〝堕天楼閣〟

 勝者は頂きに君臨し、敗者は惨めに這いつくばる。情け容赦のない〝力の殿堂〟

 そう、(マオ)は負けたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
関連作品リンク .
【旧作】旋風のルスト
逆境少女の傭兵ライフと無頼英傑たちの西方国境戦記
Link⇒第1部:ワルアイユ編
Link⇒第2部:オルレア編
旋風のルスト・外伝 ―旋風のルストに憧れる少女兵士と200発の弾丸の試練について―
▒▒▒[応援おねがいします!]▒▒▒

ツギクルバナー
【小説家になろう:ツイッター読了はこちら】
小説家になろうアンテナ&ランキング
fyhke38t8miu4wta20ex5h9ffbug_ltw_b4_2s_1 cont_access.php?citi_cont_id=541576718&size=200 小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ